「もう10年以上も前になりますが、私と妻の最初の出会いは東京だったんです(笑)。だから私たちにとって、東京はそこにいるだけで幸せを感じられる特別な場所。違う形態の芸術の道を歩んできた2人が、この地で共にステージに立てるのは大きな歓びです」

 出会いの詳細を尋ねると、「それは2人だけの大切な秘密」とはにかんだ世界的なヴァイオリニスト、ワディム・レーピン。繊細かつ力強い演奏で他の追随を許さない完璧主義者が、妻であり、ボリショイ・バレエ団のプリンシパル、スヴェトラーナ・ザハーロワと共に日本公演を行う。3年前にレーピンが芸術監督として立ち上げた「トランス=シベリア芸術祭」の演目の中でも、ひときわ大きな話題を呼んできたコラボレーション作品だ。

「『パ・ド・ドゥ』は、多くの人々が興奮した、フェスの顔といっていい演目です。私はこの作品の振付をザハーロワだけのために考えて創ったんです。音楽と踊りは言語が異なるので、互いを十分に理解するのに時間が必要でした。多くのダンサーにとって音楽とは踊りに仕えてくれるものですから、逆に音楽を支える立場になれるダンサーは稀有です。彼女は本当にフレキシブルに音楽を支えながら、演奏者とコミュニケーションを交わせる卓越した才能の持ち主です」

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 レーピンは、故郷ノヴォシビルスクで芸術祭を立ち上げた思いをこう語る。

「トランス=シベリアに込めた意味はまず『旅』。音楽作品のひとつひとつはあなたを旅にいざなうものです。私たち演奏家はツアーのガイドさんのようなもので、例えばプロコフィエフの協奏曲なら小京都を想像してみてください。作品に宿るあらゆる小径や街頭、ここからの景色がいいといった穴場へと、皆さんをどんどん案内してゆくのです。初めての人にも何度目かの人にも、新鮮に感じてもらえるようガイドするのが音楽家の役目です」

 レーピンはある座右の銘を胸に刻んでいる。

『トランス=シベリア芸術祭 in Japan 2017』

「ショパンがすごく素敵なことを言っているんです。『シンプリシティは究極のゴールである』と。彼が目指すシンプルとはただ何もないことではない。すべてがそぎ落とされていった先にある素朴さ、『無』の境地です。私は演奏家のキャリアを通じて、困難な選択肢でもそのほうがよりよいと思えば、常に自分の心に忠実に従ってきました。心から納得できて愛が芽生える域に達しなくては、曲の演奏はできません。最上の演奏をするために、逆行していく肉体に日々チャレンジを課し、己の癖をキルする訓練も欠かせませんね(笑)。自ら望むもの、夢みるものを音楽にうつし出せるように」

ワディム・レーピン/1971年シベリア生まれ。5歳でヴァイオリンをはじめ、17歳でエリザベート王妃国際コンクールで優勝。以来、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、シカゴ交響楽団、ロンドン交響楽団など世界有数のオーケストラと共演。2014年より芸術監督として「トランス=シベリア芸術祭」を開催する。

INFORMATION

『トランス=シベリア芸術祭 in Japan 2017』
スヴェトラーナ・ザハーロワ&ワディム・レーピン『パ・ド・ドゥ for Toes and Fingers』9月29日(金)
スヴェトラーナ・ザハーロワ『アモーレ』日本初演 9月26日(火)、27日(水)〔録音音源を使用〕 Bunkamuraオーチャードホール
http://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/17_trans_siberian/