義理場へ潜入
暴力団へのアプローチは徐々に実を結び始め、東京でも着実に取材ルートができあがっていった。経費のかかる地方取材とは違い、日帰りで済む取材をメインに出来れば制作費も安く上がる。当時、版元から請け負っていた経費は月に400万円程度だった。原稿料だけで250万円近くかかったから、我々などの人件費を含めれば、『実話時代BULL』の利益はあまりない。地方取材は3ヶ月に一度が精一杯だ。
都内で行われる大組織の義理事――冠婚葬祭の儀式の際には、あらかじめ日程を調べ、その前に陣取って中の様子を撮影した。敷地内に立ち入らない限り、そう邪険にはされなかった。何度かそれを繰り返しているうち、話しかけてくれる組員が出来た。
「あんた、いつも来てるな。中に入れるよう、オヤジに言ってやろうか?」
半年ほどすると、取りなしてくれる幹部が現れた。こうして私は義理場に潜入することに成功した。
オヤジ……というのは、自分の親分のことを意味している。盃を酌み交わし、疑似血縁制度によって親分・子分になったあと、若い衆たちは我が親分を“オヤジ〞と呼ぶ。漢字で“親父〞と書いてもいいが、実父との区別をつけなくてはならない。『実話時代』は親分と表記し、ふりがなを振ってオヤジと読ませていた。マニアにしか分からないこだわりなので、いまはカタカナ表記にしている。
取材先で遭遇するさまざまな勘違い
はじめて義理場へ潜入したのは、住吉会の大幹部の葬式だった。一応、礼服を着て出かけた。顔なじみになった組員に案内され中に入ると、侵入者として扱われた。
「お前週刊誌(ヤクザは雑誌のことを週刊誌と呼ぶ)だろ。どうやって入ってきたんだ。許可とってんのか」
葬儀の撮影のポイントは、親分たちの入場と退場である。法要の会場に入るときと、それを終えて帰るとき、有名な幹部や参列する他団体のトップを撮影すればいい。それまでざっと1時間あった。葬儀が始まる寺の隅っこで、カメラをバッグにしまい目立たぬようじっと息をひそめていた。
すると今度は、会場に早く入って準備をしていた幹部から「ぼさっと立ってるんじゃねぇぞ。ここに煙草の吸い殻が落ちてるじゃねえか。さっさと片付けろ」と、怒鳴られた。組員と同じ黒の礼服を着ていたため、私は新入り組員と間違われたのだ。以降は一目で部外者と分かるよう、いつも通りのラフな格好で出かけるようにした。スーツを着るにしても、黒は避けるようにした。