作家と、読者の孤独を支える仕事
――いわゆるサービス・商品設計というときに、まずはユーザーインタビューして、想定顧客のペルソナ解析して、みたいなマーケティングが基本にあると思うんですが、島田さんのお話はその逆に近いですね。まず島田さん個人の信念に基づいて本を出す、そしてそのお客さんの意見を聞いて微調整する。
島田 出版社を10年続けてきて思うのは、本をつくるとか、ものを書くということは、誰かに言われてやっているものではない、ということなんです。作家は本来、何かを書きたくて書きたくて、書く。そして編集者はそれを尊重し、伴走する仕事ですよね。そういう作家の孤独な仕事を支えるのが出版社の仕事であるだろうと。
――文藝春秋も、始まりは菊池寛が作家仲間を助けるために作った会社でした。
島田 そうですよね。そして、作家の孤独を支えると同時に、読者の孤独を支えるのも出版社の仕事なんだと思っています。ぼく自身、若い頃は本を読む時間があることに、ずいぶんと支えられましたから。社会の雑音をかわすようにして、ひとりで著者と対話するような、考える時間を本からもらいました。
もちろん、大多数から受け容れられるために、マーケティング的に組み立てられた面白い本もたくさんあります。でも、数多く売ることばかりに特化して、その数値によって仕事の成否が短期的に決められることに対しては、若干の違和感があるというか。
1日に20回も30回もエゴサーチ
――とはいえ、島田さんだって本が売れることは目指しているわけですよね。
島田 もちろんぼくだって、新刊を出すと「売れるかな、売れるかな」と心配や期待が高まって、1日に20回も30回もエゴサーチするわけですよ。これはつらい作業で(笑)。しかも、そのなかに「ブックオフに速攻売った」みたいなコメントがあるともう、モチベーションは全部なくなる。ただそれは、短期的に売ろうとしているからであって、もっと長い目で売ろうとすれば、そんなにつらくはないはずなんです。
大変なのは、たとえば本来10万部の潜在的需要があるだろうとされる本を、短期的に無理やり30万部、50万部に売り伸ばそうとした場合です。それが単に高いハードルであるということのみならず、それに関わる様々な人たちの仕事それ自体が苦しくなっていく。例えばSNSで派手にバンバン宣伝して、イベントを仕掛けなければならなくなる。それが成功する場合もあるでしょうが、そもそも本は短期で売り上げようとするものなのかな、という疑問はどうしてもあるんですよね。
――はじめて『レンブラントの帽子』を刊行してから、その考えは変わっていないですか。
島田 あの本は初版3000部。これを30年かけて売ろうと思ったんです(笑)。そうすると50部売れるだけでもすごく嬉しいし、自分のペースを保てるようになる。少部数でやっていけば、経営的にはそうそう危機にはならないとはいえ、今はさすがに、そんな悠長なことを言っていられないんですけどね。それでも2010年刊行の『レンブラントの帽子』は現在5刷で、長く売れ続けている本の一つ。弊社の掲げている「何度も、読み返される本を。」を心に留めて、自分のペースで一人一人の読者に届けることができていると思っています。
写真=末永裕樹/文藝春秋
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しまだ・じゅんいちろう/1976年高知県生まれ。東京育ち。日本大学商学部会計学科卒業。大学卒業後、アルバイトや派遣社員をしながら小説家を目指していたが挫折。2009年9月に33歳で夏葉社を起業。ひとり出版社のさきがけとなり、2019年に10周年を迎えた。著書に『あしたから出版社』『90年代の若者たち』『古くてあたらしい仕事』などがある。