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短期戦ではなく、長期戦で仕事をしたい

――もともと島田さんは純文学の小説家志望で、ヨーロッパやアフリカ放浪の旅から帰って27歳まで無職で過ごし、そのあとは教科書会社の営業の仕事もしていたことがあるんですよね。

島田 少しだけですが、組織に所属して仕事をしていた経験があるので、余計に仕事のトラブルで寿命を縮めたくないとか、いかにしてうつ病にならないように仕事をするか、を考えているのかもしれません。短期戦ではなく、長期戦で仕事をしたい。長期的に「本はいいものだよ」と伝える仕事をやっていきたい。そのために、誰と仕事をするかを、大事な軸にしたいんです。

本屋図鑑』のカバーを外すと、夏葉社が掲げる「何度も、読み返される本を。」があらわれる。

――『古くてあたらしい仕事』で紹介された、〈人生でもっとも大切なのは、人から必要とされることだ。〉というロッテの元監督ボビー・バレンタインの言葉は印象的でした。会社勤めのあと、31歳からの転職活動で50社連続不採用という結果があって、夏葉社を起業したという経緯からも、まずはとにかく「仕事がしたい」という島田さんの根源的な思いが伝わってくるような気がします。

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 そのうえで、本作りやその本を置いてくれる個人書店までは、なんとなく「好きな人」を選べるというか、広げていけるような気がするんです。でも、読んで喜んでくれる人、買ってくれる人へのアプローチはなかなかコントロールできないですよね。

島田 そこはSNSを「ひとり」で使えることが大きいかもしれないですね。もしぼくの会社が二人だったら、二人でSNSを運営しなければならない。たとえ二人でアカウントを共有していなくても、発信する言葉は二人の最大公約数にして、二人の総意として出さなければなりませんよね。でも「ひとり出版社」の強みは、最大公約数がないところ。好きな人とつくった本を、その熱意そのままに、それを好きになってくれる人へ直接届ける回路が開いているんです。

 そして、これくらいの人たちに届くだろう、という商品設計をして部数を決めているので、商売として失敗しないよう数字に目配りしているのはもちろんのことです。

 

「今度の本は40点だな」は役に立つ

――夏葉社のキャラクターが強く伝わっていると実感することはありますか?

島田 年に3冊ほど、文芸書を中心に刊行してきて、これまでに3人くらいですけど、「夏葉社の本は全て持っています」という読者に会ったことがあります。

――それはすごいコアなファンですね(笑)。

島田 そういう方にお会いすると、うれしいというよりも責任というか、無駄なお金を払ってもらうわけにはいかない、「とりあえずこれでいいか」と本を出してはいけないなって気合いが入りますよ。「夏葉社の本を買ったことがあります」という方に会うのは、個人書店に営業に行ったときが多いですね。10回行けば2回くらいの頻度。ああ、こういう方たちが買ってくれているんだなって、モチベーションが上がります。

昔日の客』の口絵と裏表紙には、山高登さんによる木版画が。布張りの装丁がとてもきれい。

――どんな方が印象に残っていますか。

島田 「今度の本は40点だな」なんて辛口で言ってくれる人もいるんですよ(笑)。でも、それはありがたくて、どんな経営コンサルタントに話を聞くよりも、ずっと役に立つ。ぼくがしている仕事は、初版2500部とかそれくらいの出版部数ですから、その話を参考に仕事のやり方、企画の立て方を微調整していけば、そんなに間違った方向にはいかないと思っています。