さらに、6月4日。5月31日に韓国の脱北者団体により散布された反北ビラについて北朝鮮の労働党機関紙『労働新聞』にこんな談話を載せた。
「(対北ビラ散布という)ばかげた仕業をする輩より、それを見て見ぬふりをしている輩がもっと憎い」「対北ビラへの処置をとらないのなら、金剛山観光廃止、開城工業団地撤去、南北共同連絡事務所閉鎖、南北軍事合意(平壌宣言)破棄を覚悟しなければならなくなる」
6月9日には朝鮮中央通信が、「9日正午から青瓦台とのホットラインを含めた南北間すべての通信連絡チャネルを遮断・廃棄し、対南業務を『対敵作業』に転換する」といよいよ戦いのゴングを鳴らし、6月13日、金与正第一副部長は再び次のような談話を出した。
「確実に南朝鮮(韓国)と決別する時が来たようだ」
「必ずや次の段階の行動をとる」
「共同連絡事務所が跡形もなく壊れる悲惨な光景を目の当たりにするだろう」
「次の対敵行動の行使権はわれわれの軍隊の総参謀部へ移行する」
そして、3日後の6月16日。予告通り、北朝鮮は南北共同連絡事務所を爆破した。
韓国政府はビラ中断に必死で動いたのに……
金与正第一副部長の談話に韓国政府はすぐに動いていた。
6月4日、談話が出た当日に統一省は「ビラを中断させる法律を検討中」と発表。しかし、翌日、北朝鮮は「金与正が談話文執行への着手を検討することを指示した」とし、「南北共同連絡事務所から必ずや撤廃される」とさらなる“脅し”をかけた。
この間、韓国での関心はもっぱら北朝鮮へのビラ飛ばしに集中していた。北朝鮮専門家の間では「ビラ問題をまず解決することが優先」という分析が大勢で、6月10日、統一省は反北ビラなどを散布していた2つの脱北者団体を南北交流協力法違反で検察に告発した。
しかし、韓国政府の努力は虚しく、結果は予告通りの爆破。
その理由を、脱北し、現在は韓国で北朝鮮社会研究を専門とする研究者はこう分析する。
「ビラはきっかけにすぎません。今回の流れは、2019年2月末に行われた米朝ハノイ会談決裂後にすでに始まっていました。当時北朝鮮は寧辺核施設を破棄する代わりに経済制裁の全面解除を要求し、米国はそれを拒否。金正恩はこのハノイ会談からほどなくして穏健派である外務省の人事を刷新している。
もう、穏健派の話に耳を傾けていても効果はないと考え、米国が動かないことへの怒りはそのまま韓国に向けられた。韓国は米国との仲介役としては力がないと見切ったのです。