「ここに行きたい、あれを食べたい」と思ってもらえたら
対局場の待月楼別館「きはる」はもしかしたら戸田家の「嬉春亭(きしゅんてい)」と関係があるかと思い調べてみると、鳥羽デジタルアーカイブスというサイトに〈その左手は元旅館待月楼の別館「対神館」で、戦後戸田家が継承し「戸田家鳥羽別館」として開業した旅館である〉という表記があった。あとで余裕があったら、宿の人に聞いてみることにしよう。
タイトル戦の観戦記では、盤上だけでなく当地自慢の名産品や観光施設などを調べて書くのも大事なことだ。だいたいは1日目の余裕のある時間に、自分の足で動き、自分の目で見て周辺情報を集める。それを観戦記のなかで紹介し、読んだ人たちに「ここに行きたい、あれを食べたい」と思ってもらえたら大成功である。開催地の経済にも好影響だし、将棋の裾野も広がっていく。いまはまだ難しいかもしれないが、きっと近いうちに大手を振って都道府県をまたいだ旅行ができるようになると思う。
それは突然現れた
盤上は角換わり腰掛け銀の最新型から、すでに前例のない局面に進んでいる。
すべての棋士が目指す舞台であるタイトル戦、それも歴史ある名人戦ともなれば、古今の棋士たちの集合知といっても過言ではないだろう。定跡や手筋の蓄積だけでなく、目の前の勝負に勝つためのノウハウ、全力を出し切るための環境作りもその範囲に入る。
午後2時40分過ぎ、控室で対局室を映すモニターを見ていた人が声を上げた。「あれはなんだ!」
いつの間にか渡辺三冠が顔の下半分に黒い布をあて、覆面をするように口元に巻いているようなのだ。控室は騒然、すぐにインターネットでの調査、検討が急ピッチで進められた。
「ジョギング用のマスクらしい」、「山中伸弥教授が紹介していたバフじゃないか?」、「時代劇の鞍馬天狗みたい」。
この対局を中継しているアベマTVを見た多くの人も、ドサドサとSNSに驚きを書き込んだ。
「かっこいい」、「忍者だ」、「ナベノマスクか?」、「以前の渡辺三冠のブログにジョギングマスクについての記述があったような……」等々。
直後に飯島栄治七段から「渡辺さん、千葉真一の『影の軍団』みたいですね(笑)」というメッセージが届いた。なるほど、影の軍団は服部半蔵を描いた作品で、三重県は伊賀忍者の里である。
もちろん渡辺三冠はパフォーマンスのためこのアイテムを着用したわけでなく、通常のマスクでは息苦しく眼鏡がくもりやすいということで、事前にいくつか試してみた対策のひとつだった。スムーズに呼吸ができ、ストローを使えば外さずに水分をとれる。後日に聞いたところによると「フェイスカバーC型」という名前だそうだ。