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特集観る将棋、読む将棋

名人戦七番勝負 挑戦者・渡辺明三冠は、忍者のように集合場所に現れた

「新しいタイトル戦のかたち」をレポート(前編)

2020/06/17

 2度の開幕延期を経て、いよいよ始まった第78期名人戦七番勝負。初防衛を目指す豊島将之名人(竜王)にA級順位戦全勝の渡辺明三冠(棋王、王将、棋聖)が挑む構図は、まさに頂上決戦である。

 あらゆる人が新型コロナウイルスの影響を受けるなかで、将棋界はどのように歩んでいくのか。そして、新しいタイトル戦のかたちとは?(全2回の1回目/#2に続く)

記念撮影を行う豊島将之名人(左)と挑戦者の渡辺明三冠(右)

6月9日、正午。東京駅にて

 長かった。新型コロナウイルスの感染拡大、緊急事態宣言とその継続により先延ばしになっていた名人戦が、ようやく開幕する運びとなった。諸々の状況を考えると手放しで喜んでいいものか悩ましい面もあるとて、それでもやはり嬉しいものである。

 私は朝日新聞の観戦記者として三重県鳥羽市の第1局に同行させてもらった。大熱戦となった盤上のこと、とっておきの本ネタは観戦記のほうに回すことになるため、こちらでは周辺で見聞きしたこぼれ話を紹介していこうと思う。

 後日に紙面や朝日新聞のサイトに掲載される観戦記とこちらの記事(写真をたくさん載せられるのはwebの強み!)を並べて読んでいただけると、幅広い楽しみ方ができるのではないだろうか。

 6月9日、正午。緊急事態宣言が解除されてから半月ほど経ち、東京駅もずいぶんとにぎやかになった。それでも意気揚々と旅行に向かうといった雰囲気の人はおらず、当然ながら海外からの観光客らしき人もいない。

 東海道新幹線のホームに上がって8号車に向かうと、すでに関係者が何人か手持ち無沙汰に立っていた。とりあえず対局者が乗る予定の車両前に集まるのが、タイトル戦における暗黙の了解である。外出自粛もあって久しぶりに会う人も多く、なんとなく距離を置きつつも、「どないでっか」とか「かないまへんわ」といった言葉を交わす。そんな他愛のないやりとりに、まずは元気そうでよかったねという思いが込められていたりするのだ。

©︎iStock.com

そこへ見覚えのある顔が

 そうこうするうちに発車時刻まであと5分。肝心の渡辺三冠がなかなか姿を現さないため、皆でそわそわと周囲を見回しだした。

 と、そこへ見覚えのある顔が、ちょっと恥ずかしそうに少し頭を下げながら、そそくさと歩き去って行く。マスクをしていても、人懐っこい目元ですぐにわかる。菅井竜也八段だ。

 菅井八段は前日に羽生善治九段とA級順位戦を戦っていた。その帰り道に偶然、一行に出くわしてしまったのだろう。そういえば名人戦第1局の前にA級が開幕したことは、これまでに前例があったのだろうか。識者に教えていただきたいところである。

 そうこうしていたら、いつの間にか渡辺三冠がそこに立っていた。まるで忍者のような登場だが、まさかこれが伏線になるとは……。