『ルポ 老人受刑者』(斎藤充功 著)中央公論新社

「刑務所が介護施設化している」という話は耳にしていた。高齢化社会なのだから不思議はないと思われる向きもあろうが、事情はもう少し複雑だ。本書は、その現実について丹念に取材したルポルタージュである。

 本書によれば、「老人受刑者(65歳以上)」は、平成19年では全体の2.65%にあたる1884人だったのに、平成29年では2278人、4.81%に上昇している。全体の受刑者数は減少傾向にあるのに、特に70歳以上の受刑者は急増しており、10年前に比べて5倍近くになっているというから驚きだ。

 その理由を著者は、『社会からスポイルされた環境のなかで生活を維持する手段を見失ってしまったからではないのか』と考える。『「衣食住」を保障してくれる刑務所生活を選択してしまう。彼らにとって刑務所が唯一の「安全圏」なのだ。その安全圏を求めて再犯を繰り返す』と。

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 私は以前から「触法障害者」と呼ばれる人たちに関心があり、中でも、知的障害がありながら福祉的援助を受けられなかったために軽微な罪を繰り返し、社会と刑務所を行ったり来たりしている者がいる、という現状を憂慮していた。ここで紹介されている受刑者たちも万引きや無銭飲食などの小さな罪を犯して収容される者が多い。累犯(罪を重ねること)なので刑期は長くなる。服役中に亡くなる人も増えていくだろう。

 受刑者が、P級(身体上の疾患がある者)やM級(精神上の疾患がある者)といった等級に合わせて「工場」(作業の場)に振り分けられることは知っていたが、本書で「養護工場」なるものがあることを初めて知った。集められるのは重い認知症など「要介護」の受刑者だ。社会福祉士の資格をもった「福祉専門官」がいて、准看護師の資格をもった刑務官のほかに「用務者」と呼ばれる受刑者から選ばれた介助者がいる。まごうかたなき「刑務所の中の介護部門」である。税金で犯罪者を介護するのかと憤る前に、はたして彼らは本当にここにいるべき人たちなのか、と考えさせられる。

 10年以上前だが、私は本書にも出てくる更生保護施設に取材に行ったことがある。話を聞いた仮釈放中の人たちが一様に口にしていたのは、「ここを出た後」への不安だった。彼らのほとんどは身内との縁が切れている。今は衣食住を与えられ、協力雇用主の下、仕事も得られているが、また「一人ぼっち」になった時、刑務所の方がまし、と思ってしまうのではないか、と。

 救いは、本書で紹介されている彼らの社会復帰を支える人たちの存在だ。高齢者・障害者で住居のない出所者のための地域生活定着支援センターが全国に48か所設置されており、「受刑者専門の求人誌を発行する女性」など、民間の人たちの活動も頼もしい。人を救うのは、やはり人なのだ、という思いを新たにした。

さいとうみちのり/1941年、東京生まれ。ノンフィクション作家。東北大学工学部中退。『伊藤博文を撃った男』『証言 陸軍中野学校 卒業生たちの追想』『恩赦と死刑囚』など著書多数。
 

まるやままさき/1961年生まれ。小説家。手話通訳士の『デフ・ヴォイス』シリーズで人気を博す。他に『漂う子』があり、文庫『龍の耳を君に』は近日発売。

ルポ 老人受刑者 (単行本)

斎藤 充功

中央公論新社

2020年5月7日 発売