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大切なフィルムが盗難に……

 車で新宿に戻り、もう一本の取材を行った。夜は連載をしている稲川会若手組長のインタビューだった。待ち合わせは西口のワシントンホテルで、地下の駐車場に車を停め、カメラバッグをそのままにしてレストランまで上がった。

 車に戻ると、車の鍵が壊されており、カメラバッグごと盗まれていた。再撮影のきかない貴重な映像を写したフィルムも、カメラと一緒に盗まれた。

 駐車場の係員に毒づいて、そのまま交番に向かった。

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「放免祝いのフィルムが盗まれました! 犯人はまだ近くにいるかもしれません。探してください」

「……あんたヤクザもんなの?」

 警官は私の訴えに怪訝な顔をして、応援部隊を要請した。3分もしないうち、パトカーが数台やってきた。やましいところはなにもないので、すべて正直に話した。

「犯人はたぶん、金目の物だけ盗って、バッグや撮影済みのフィルムは捨てたはずです。この辺り……中央公園に落ちているかもしれません。探すの手伝ってください!」

「無理だと思うよ。それに俺たちも忙しいから、あなただけに関わっているわけにいかないのよ。まずは盗難届を書こう。盗まれたものを正確に教えてくれる?」

©iStock.com

 パトカーはすぐに去り、年配の警察官が盗難届を書いてくれた。暴力団を取材するなんて不届きだ、とは一切言われなかった。交番を出るとき、諦めきれずに自分だけでも周辺を探してみる、と息巻いた。

「この時間、公園の中にはへんなヤツらが多くて危ないからやめときなよ」

 警官の言葉を振り切って朝までカメラバッグを探したが、なにも見つからなかった。

暴力団雑誌編集部の心地よさ

 約3ヶ月後、質屋に入れられたカメラ機材の半分が見つかった。そこから機材を出す金は私の負担だった。質屋はあくまで善意の第三者だったからだ。やりきれない思いはあったが、見つかっただけでもよしとしなくてはならない。犯人も逮捕された。窃盗の前科を多数持つ常習犯で、担当した刑事は、「損害賠償を求めても支払い能力がないから諦めるしかないねぇ」と同情してくれた。

 当事者団体に謝罪に行ったのは私ではない。この取材は『実話時代』のもので、私が責任者ではなかったからだ。叱られるようなことはなかったらしい。間抜けな野郎だ、くらいは言われたかもしれない。

 あのまま編集部を辞めていなかったら、今でも私は変わっていなかったと思う。それだけ暴力団雑誌の編集長は居心地がよかったのだ。

潜入ルポ ヤクザの修羅場 (文春新書)

鈴木 智彦

文藝春秋

2011年2月17日 発売