ある一線を越えると日本人の性格は変わる
「本当ですか? 抗う奴はいないんですか?」
「いない。しかも、あの国は決断を嫌い、どこまでも譲歩をしてくる。際限なしの泣き寝入り国家だ。ところが、ところがだ。ある一線を越えると大変なことになる」
「え?」
「お前の一発で日本人が死んだ時は、どうなるかわからない。国民の性格が180度変わって、手がつけられなくなる。だから、もし反撃されても、絶対に私の指示なく撃つな」
「はい、わかりました」
「よし、3時30分に入水する。最終準備を行え。月明かりはない。月はさっき沈んだ」
5人の男たちは、2ミリの薄いウエットスーツを着て、防水のバックパックに注意深く息を吹き込んでいた。中には中国製のノリンコ拳銃と予備弾倉3つ、銃床部が折り畳めてコンパクトになるロシア製のAK-47ライフルと予備弾倉5つ、オリーブ・ドラブ(濃い緑色)に塗装された手榴弾3つ、刃渡り20センチのサバイバル・ナイフ、通信機、メディカル・パックが入っている。地上では重量が30キロ近くになるバックパックだが、空気で浮力をつけて水中での重量を1キロ程度にしようとしていた。作業中の彼らの傍らには、通常の2倍の長さのロング・フィンがあったが、光に反射する水中マスクや、仰向けで泳ぐには向かないシュノーケルはなかった。
5人は入水するために漁船の右舷に集まり、互いに装備品の装着状況をチェックする。
「奴らが動き出しました」
リーダーが入水することを無線で伝えると、前方の漁船の甲板上で小さな赤いライトがチラチラと動き出した。
「小島さん! 奴らが動き出しました。漁具の準備をするかもしれません」
巡視船「みずき」の海上保安官たちは小さな赤いライトを見逃さなかった。ある者は双眼鏡で、ある者は暗視装置で、その小さなライトを追っていた。見えそうで見えないのが歯痒い。しばらくしてライトは消えた。
「見えたか?」
「いや、漁具はいじってないです」
海上保安官の視野は、完全にコントロールされていた。前方の漁船でちらつくライトを注視するゆえ、その1分、2分の間に後方の漁船から入水した5人に気づく者はいなかった。
相手の心理を利用し、少しの時間でも操ることが作戦の成否を大きく左右する。これを戦闘センスと言う。
その後も、「みずき」は2隻の中国漁船に伴走し続けた。何事も起こることなく、数時間が経っていった。