「復讐心」は誰に向けられるか
この実験の別ヴァージョンでは、あなたには「復讐」の機会が与えられる。コンピュータの作業が終わったあと、スタッフから「次は味覚のテストです」といわれ、誰も見ていない(と思っている)ところで、パートナーとライバルが口に入れる食べ物にホットソース(タバスコのようなもの)を好きなだけかけることができたのだ。
その結果はというと、(嫉妬が生じていない)対照群ではホットソースの量は平均1.44グラムと妥当なものだったが、嫉妬に駆られた被験者はその倍以上の3.41グラムもの量を2人が試食する食べ物にかけたのだ。
この興味深い実験で、自己肯定感が下がると嫉妬の感情が生まれ、それが攻撃性に結びつくことが実証された。よくわからないのは、ホットソースの「復讐」が、パートナーとライバルに同じだけ行なわれたことだ。実験の手順からわかるように、信頼を裏切ったのはパートナーで、ライバルはなにも知らない「善意の第三者」だ。それにもかかわらずなぜ「復讐」されるのか?
女性のいじめ体験では、それまで親友だったのに、理由もわからず突然、いじめのターゲットにされるケースがよく出てくる。嫉妬は(現実の)恋のライバルだけでなく、なにもしていない相手にも向けられるとすると、こうした事態をうまく説明できるのではないだろうか。
嫉妬による復讐には社会的な正当性がある
理不尽な制裁をなぜ堂々と行なえるのか。心理学者のデステノは、復讐には社会的な機能があると述べる(4)。
徹底的に社会的な動物であるヒトが共同体のなかで安心して暮らしていくには、メンバーのあいだで一定の信頼感が維持されていることが必須だ。そのためには、信頼をあっさり裏切るような人間を制裁しなければならない。嫉妬による復讐は個人的な行為ではなく、社会的な正当性があるのだ。
ルールを破った者を罰することが道徳の起源だとすると、コロナ禍にもかかわらず世間がなぜ「トイレ不倫」に夢中になるかわかるだろう。私たちは、他人の不倫に首を突っ込み、噂話に花を咲かせ、「裏切り者」を罰することに快感を覚えながら何百万年も進化してきたのだ。
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(1)ヘレン・フィッシャー『人はなぜ恋に落ちるのか? 恋と愛情と性欲の脳科学』ヴィレッジブックス
(2) David A. DeSteno and Peter Salovey(1996)Jealousy and the Characteristics of One's Rival: A Self-Evaluation Maintenance Perspective, Personality and Social Psychology Bulletin
(3) David DeSteno, Piercarlo Valdesolo and Monica Y.Bartlett(2006) Jealousy and the threatened Self: Getting to the Heart of the Green-Eyed Monster, Journal of Personality and Social Psychology
(4) デイヴィッド・デステノ『信頼はなぜ裏切られるのか 無意識の科学が明かす真実』白揚社