前回も述べたが、最新刊『時代劇ベスト100+50』は百本の時代劇を紹介・解説したガイド本『時代劇ベスト100』に新たに五十本を加筆した一冊である。
加わった作品の中には、これまで本連載でも避けがちだった「なんとなく高尚な感じのする文芸作品」が多く含まれている。小難しかったり格調高かったりする作品に触れることで、「時代劇ってなんだか堅苦しいなあ」という印象を初心者に持ってほしくないという想いがあった。
ただ、この加筆作業にあたり改めて見直してみると、そうした作品も意外とエンターテインメント性が豊かだということに気づいた。前回の『雨月物語』もそうだったが、古典的名作と言われる時代劇は現代的な要素が濃厚で、そう堅苦しくならずに作品世界に馴染むことができるのだ。
今回取り上げる『地獄門』も、そんな一本である。
巨匠・衣笠貞之助監督によるカンヌ国際映画祭のグランプリ作だが、決して重厚な内容ではない。平安時代を舞台にしたラブストーリーだ。といって「平安の恋模様」という言葉から連想されるような、荘厳華麗な宮廷絵巻ではない。
物語は「平治の乱」勃発時から始まる。敵の急襲を受けた御所から上皇の妹の身代わりである袈裟(京マチ子)を守って脱出した武者の盛遠(長谷川一夫)は、袈裟に一目ぼれする。乱の後、活躍を認められた盛遠は恩賞として袈裟を我が妻にと所望。だが、袈裟には既に夫がいた。
一方、袈裟の夫を演じるのは悪役が多い山形勲。一方に、長谷川一夫と京マチ子という稀代の美男美女。となれば、盛遠と袈裟が想い合うが夫が邪魔をする――という展開を予想するところだが、全く逆なのが、本作の面白いところ。
袈裟は夫を愛しており、盛遠が一方的に好意をぶつけているだけ。つまり、現代でいう「ストーカー」なのだ。
描かれるのは、恋愛感情により常軌を逸してしまった男につきまとわれる女と、一方的に目の敵にされる夫の姿。想いが受け入れられないことでかえって盛遠の行動はエスカレート、ついには刃傷沙汰に及んでいく。
袈裟への想いに憑かれて理性を失った盛遠をヒステリックに演じる長谷川一夫が抜群で、こんな男に好かれてしまったら迷惑だというリアリティを見事に表現。狙われる夫婦の悲劇性を盛り上げる。
これが現代劇だと、観ていて生々しくなるところだが、舞台は平安時代のため、衣装やセットは絢爛豪華。ファンタジー空間で起きる他人事として向き合える。
実は肩肘張らずに、娯楽作として楽しめる作品だった。