「軍事的衝突の可能性は50/50だ」
さて、この回顧録における北朝鮮問題に関わる部分は明確なストーリー性をもっている。物語の始まりでは、北朝鮮の核問題を巡って軍事介入をも辞さない強硬な姿勢を取るトランプと彼を取り囲む政権要人の様子が描かれる。言うまでもなく、ボルトンはこの中でも有数の強硬派の一人であり、これに対峙する人物として当時国務長官を務めていたレックス・ティラーソンの存在が描かれる。「軍事的衝突の可能性は50/50だ」。当時の緊張の様子は、そう語り合うホワイトハウス要人の会話から余りにも明らかだ。
そしてこの様な状態において、第二次安倍政権下にある日本は、トランプやボルトンと同じく、軍事介入の可能性をも含む北朝鮮への強硬姿勢を支持する勢力として、好意的に描かれる。それとは対照的に、トランプ政権が出帆した2017年1月、依然として朴槿恵弾劾後の混乱状況にあった韓国の影はこの時点では極めて薄い。その後、5月に文在寅が大統領に就任し、6月には初のトランプと文在寅の間での首脳会談が実現されているが、ボルトンはこの米韓首脳会談について殆ど何も記していない。それはこの時点では、韓国とその大統領である文在寅がボルトンにとって、取るに足らない存在に過ぎなかった事を意味している。
平昌五輪後にクローズアップされた韓国の存在
しかしながら、2018年に入ると状況は急速に変化する。ボルトンによれば大きな転機となったのは、2月の平昌五輪開催に合わせて韓国を訪問した金与正を中心とする北朝鮮使節団の登場であり、ここから仲介者としての韓国の存在が急速にクローズアップされていく事となる。
北朝鮮からの訪問要請を即座に承諾した文在寅は、ここから米朝の間を仲介する作業に入る事になり、以後ボルトンの回顧録には、平壌とワシントンにおいて北朝鮮とアメリカの交渉仲介に直接当たった、鄭義溶国家安保室長の名が頻繁に見えるようになる。文在寅の意を受けてアメリカを北朝鮮との対話に動かすべく、北朝鮮の非核化実現の可能性を強調する鄭義溶に対して、これを批判して日本側を代表する形になったのが初代国家安全保障局長であった谷内正太郎である。
中国の存在感の薄い中、こうしてワシントンでは、核廃絶の可能性を前面に出して北朝鮮との対話を積極的に推し進める韓国政府に対して、北朝鮮への不信感を隠そうとしない日本政府が対峙する状況が出現する。ボルトンは北朝鮮によるアメリカとの対話攻勢それ自身においても、韓国が自らの利益の為に、北朝鮮に様々な入れ知恵を行ってこれを積極的に共助し、更には交渉自体を主導しているのではないかとの疑惑を強く持っていた。
事実、北朝鮮からのトランプへの首脳会談申し入れが、南北会談における韓国側の提案によってなされたものであった事を知った直後、ボルトンは「これは金正恩の真剣な戦略的検討によって作り上げられたものじゃない。韓国が自らの『統一』政策の為に作り上げた、めでたいでっち上げじゃないか」と感情的に記す事になっている。