アメリカで出版されたボルトン前大統領補佐官の回顧録が、波紋を呼んでいる。ボルトン氏は共和党内でも“超タカ派”として知られ、安全保障分野を担当。側近として知られていたが、昨年9月に解任されていた。回顧録には外交交渉を含めた政権の内幕が克明に暴露していることから、トランプ政権が出版差し止めを要求して裁判所に退けられた経緯がある。

 中でも日本で注目されているのが、米朝首脳会談を含めた東アジア情勢をめぐる記述だ。この回顧録について、韓国政治研究が専門の神戸大学大学院教授、木村幹氏が読み解いた。

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研究者も胸躍る刺激的な出版

 研究において最も胸躍り、知的好奇心を掻き立てられるのは、新たなデータや資料を開く時だ。新たなデータにはどんな情報があり、それによりこの世界の認識は如何に書き直されるのか。そして、研究者である自分はこの魅力的なデータをどう使ってどんな新たな研究を展開できるのか。それは世界が「書き直される瞬間」であり、だからこそ誰にとっても刺激的だ。

 先週6月23日、全世界で一斉に発売されたジョン・ボルトンの回顧録『The Room Where It Happened』は、現在進行形の国際的な事象を扱う研究者にとって、そんな胸躍る一冊である。

 これまでにも世界では数多くの政治家や外交官の回顧録が公開されて来たが、その殆どは彼らが高官として仕えた政権が退陣してから暫く経った後に発表されたものだった。しかし、ボルトンは2019年9月10日、つまり今から遡って僅か10カ月足らず前まで、アメリカ政府の国家安全保障問題担当大統領補佐官の要職にあった人物である。しかもその高官の回顧録が、よりによって彼が仕えた大統領が再選に挑む大統領選挙まで半年を大きく切った段階で公開されたのだから、それが刺激的でない訳がない。

 そして筆者の様な、朝鮮半島を巡る問題の研究者を更にわくわくさせるのが、この回顧録に2018年から2019年にかけて行われた北朝鮮を巡る問題の駆け引きの内容が克明に出て来る事である。

ジョン・ボルトン氏 ©AFLO

 この500ページ以上に及ぶ回顧録の中で、「North Korea」というワードは実に363回――その回数は「White House」の201回をも大幅に上回っている――も登場するから、如何にこの回顧録の執筆において、ボルトンが北朝鮮問題に対してページ数を割いたかがわかる。因みに「South Korea」が159回、「Japan」が148回。国名で唯一北朝鮮を上回っているのは、同時期やはり核兵器の廃絶問題で大きな注目を浴びていた「Iran」の587回だけである。

 ともあれここで重要なのは、この回顧録がこれまでのアメリカ政府高官によって書かれた如何なる回顧録と比べても、北朝鮮問題を中心とする朝鮮半島情勢についてより豊富な情報量を持つ事であり、加えて、シンガポール、ハノイ、そして板門店の3回に渡って行われた米朝首脳会談の裏側をも知る事ができる貴重な資料となっている事だ。

 そしてだからこそ我々はこの回顧録を通じて、米朝2カ国の間の交渉の在り方以上の事実をも知る事ができる。北朝鮮問題はトランプ政権が成立した2017年もそれから3年後の今日も、韓国や日本、そして中国と言った周辺国にとって極めて重要な問題であり、故にこの問題の鍵を握るアメリカに対して、これら周辺諸国から様々な外交的アプローチが加えられる。

 即ち、この書籍はその表題通り、「The Room Where It Happened」、つまりホワイトハウスの奥深くで、2017年のトランプ政権成立から2019年のボルトン失脚迄の間、北朝鮮問題を巡り、米朝両国のみならず、周辺国をも加えた様々な国々が駆け引きを繰り広げた様を、当事者の一人であるボルトンの視線で語るものとなっているのである。