文春オンライン

全米で話題「ボルトン暴露本」が書いたトランプ“素人外交”の内実《朝鮮半島専門家が読み解く》

北朝鮮問題でアメリカ、韓国、そして日本はどう動いたのか

2020/07/02
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 そしてこの首脳会談に至る最終段階では、アメリカに対して北朝鮮との間の交渉の成果を何らかの文章として残させようとして働きかける文在寅と、これに懸命に抵抗するボルトンとの葛藤が描かれる。「私はこの交渉で如何なる法的な拘束力を持つ取り決めをも阻止しようとし、また、トランプが同意するかもしれない如何なる外交文書がもたらす弊害をも最小限に止めようと決意した。文在寅がトランプに振りまく悪しき考えの影響を心配していたからだ。しかし結局、私は何を止める事もできなかった」。この一文にシンガポールにおける史上初の米朝首脳会談を巡る、韓国政府とボルトンらアメリカ政府内の対北朝鮮強硬派の外交的競争の結果が見事に集約される形になっている。

 とはいえそれは韓国にとって「終わりのはじまり」に過ぎなかった。ボルトンは言う。この会談の直後からトランプは次第に、文在寅政権が求めるものが、自らの求めるものとは異なる事に気づく事となった。ボルトンに言わせればそれは、ずぶの外交の素人であったトランプが、ようやく国際政治における至極当たり前の事実に気づいた、という事になる。

2019年2月に行われた米朝首脳会談。左端がボルトン大統領補佐官(当時) ©AFLO

 こうして、2019年2月、ハノイにおける2回目の米朝首脳会談において破綻の時がやって来る。シンガポールでの首脳会談後におけるアメリカの期待を裏切る北朝鮮の行動もあり、この時点でのトランプ政権は既に、韓国の言う北朝鮮における非核化の実現を信用しなくなっていた。こうしてハノイにて米朝は決裂し、物語は一つの終わりを迎えることになる。そしてそれは一面では、朝鮮半島における「対話」を実現せんとする、文在寅政権の外交攻勢の終わりを意味していた。わかりやすく言うなら、米朝の仲介者としての韓国の役割は、トランプが韓国の外交的意図に気づいたシンガポールでの首脳会談直後に既に終了しており、それが衆目に晒されたのが、ハノイにおける第2回米朝首脳会談の決裂であった、という事になる。

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トランプの3つのツイート

 回顧録にはその後、ハノイでの失敗を補うべく板門店他での3度目の米朝首脳会談実現を目論む韓国政府の動き、そして2019年6月、現実の事となるこの会談に際して、韓国の介在を嫌う北朝鮮の画策などが生き生きと描かれる事となる。しかしながら本回顧録におけるこの部分においてより重要なのは、巻き返しを目指す韓国や北朝鮮の動きではない。遙かに重要なのは、一進一退する朝鮮半島を巡る状況の中、ボルトン自身をも含むトランプ政権の要人たちが、一時期は大きく盛り上がった北朝鮮の非核化を巡る問題への関心を、次第にそして急速に失っていった事である。

 2019年8月に差し掛かる部分で、ボルトンは諦めたかのようにトランプの3つのツイートを並べる。

〈金正恩と北朝鮮は過去数日間に3発の短距離弾道弾を発射した。このミサイル発射は我々が署名したシンガポールでの合意に違反もしなければ、そこで我々が握手し話し合った短距離ミサイルにも該当しない。国連決議の違反にはなるかもしれないが……〉

〈……金正恩委員長は信頼を失い私を失望させる事を望まないだろう。何故なら北朝鮮が得られるものの方が遥かに大きいからだ。金正恩委員長の指導下での国家としての発展可能性は無限大だ。また、それにより彼らが失うものも多すぎる。私は間違っているのかも知れないが、そう信じている……〉

〈……金正恩委員長は国家の為の偉大で美しいビジョンを有しており、私が大統領を務めるアメリカだけがこのビジョンを実現する事が出来る。彼は大変優秀であり、だからこそ正しい選択を行うだろう。そして彼は友人を失望させる事を望まないだろう、だって、その友人とはトランプ大統領なのだから!〉