ドラマ「M」最終回 小室哲哉は「あなた」、浜崎あゆみは「君」……90年代ギャルにアユの歌詞がウケた理由

田中 稲 田中 稲
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 この、男女格差も上下関係も感じない歌詞の「君僕革命」、遡ってみると渡辺美里の『My Revolution』がまさに一大レボリューション。これが大ヒットした1986年といえばおニャン子クラブ全盛で、アイドルが不安定な音程で「あなたと私の恋愛模様」をキュートに歌っている中、アイドル的ルックスの彼女が、意志の強い青年を思わせる野太い声で「君」と歌うのは衝撃だった。作詞は川村真澄で、恋愛はベースにありつつも、夢や生き方を強く歌っている。その自立した歌詞にかなり驚いたものだ。

 90年前半からはコムロブームが吹き荒れるが、小室哲哉の詞は意外なほど「あなた」が多い。ブレイクのきっかけとなった篠原涼子の『愛しさとせつなさと心強さと』も「あなたへと向かって」。華原朋美の歌詞など「自分を誇れるようになってきたのはきっと あなたに会えた夜から」(『I’m proud』)、「何から何まであなたがすべて 私をどうにか輝かせるため」(『Hate tell a lie』)。「あなたと私」、なかなかクッキリとした主従関係である。

 浜崎あゆみは1999年から、「君がいなきゃ何もなかった」(『TO BE』)や「僕たちは 幸せになるため この旅路を行くんだ」(『Voyage』)と「君と僕」「僕たち」「僕ら」が増えるが、『My Revolution』ほどは前を向いておらず「理解されにくい悩みの共有」のほうが断然強い。内緒話を打ち明けるようなイメージだ。若さが消費される諦めを、親しいメンバー限定で愚痴り合うような「密」。独特の内輪感があり、聞いているうちに「あゆ、実は私さ……」とCDジャケットに向かって心の内を打ち明けたくなる。「夢を追いかけるなら たやすく泣いちゃ駄目さ」と励ますのではなく「ほら笑顔がとても似合う」と語りかけてくれる視線の位置。これが浜崎あゆみの歌詞がもたらした「君僕」革命だったのだ。

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 2018年に行われた20周年のアリーナツアー「ayumi hamasaki ARENA TOUR 2018」で彼女がファンに叫んだ言葉「君がくれた20年でした」は、その世界観全てを表している名言だと思う。

アルバム『A Song for ××』がいきなりオリコンチャート1位に。99年大ブレイクを果たし、初の紅白に出場

ドラマ「M」で再び巡ってきた浜崎あゆみのSEASONS

 絶望感と焦りと疲れみたいなものを感じていた世紀末時代、彼女の歌は、弱者にとって理解されないことを理解してくれる最高の愚痴り相談相手だったのだと思う。

 時代が変わって令和になり、世紀末彼女の歌を聴いて救われた10代は、今やその多くが30代に突入。浜崎あゆみもデビュー22周年、41歳、1児のママだ。そして彼女はまだ「世紀末の女神」という十字架を背負いつつ、いまだに旅を続けている。

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 まだまだ旅は続くのに、なぜ今になってデビュー当時を、しかも恋愛事情まで自ら掘り返すのかと首をひねりまくった『M』だったが、浜崎あゆみに「そんな日々もあったねと、笑い話せる日」がようやく来たのかな、とも思い始めている。

土曜ナイトドラマ『M 愛すべき人がいて』(テレビ朝日) 7月4日に最終回を迎える

 大映ドラマテイストというトリッキーな味付けでそれを見せられたのは意外だったが、なんだかんだ「あの頃」の記憶を辿り、浜崎あゆみが彩った季節をタイムトラベルするきっかけをもらったのは間違いない。

 ああ、『SEASONS』歌いたい。『Voyage』歌いたい。カラオケに行けないのがツラい。旅のあとの余韻が少し厄介ではある。