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2020/07/12

支払いはいつもライター任せ

 亡くなる2、3年前、毎月行っている懇親会を、軽井沢のホテルでやろうという話が持ち上がったときのことだ。会費制とはいっても、私が加納の分まで負担することは分かっていたから反対した。軽井沢には加納の女友達がいて、どうしても彼女に会いたいと懇願され、渋々承諾した。現地に加納を送って行く役目は、当然私が仰せつかった。

 ホテルにチェックインすると、これまた当然のように加納と同室になった。私の仏頂面などお構いなしで、他のメンバーは高原の休日を満喫していた。食事に出かけ、その帰りにスナックでカラオケを歌おうと盛り上がった。私は抜け出してホテルに帰ろうとした。決まっている。その勘定は私に回ってくるからだ。

「お前どこ行ってるんだよ」

 車に乗っていたら、電話がかかってきた。

「みんな探してるぞ。勝手なことをするんじゃない」

「勝手に行動してなにが悪いんですか? 愚連隊は自由なんでしょ」

「がたがた言わず、すぐ戻って来い」

 渋々、Uターンした。帰り際、やはり勘定は加納持ち、すなわち私持ちだった。

老いゆく愚連隊の帝王

 ホテルに戻って加納を先に風呂へ入れた。愚痴はベッドでゆっくり聞いてもらえばいい。すると浴室から何度も「バッシャーン」という水を打ったような音が聞こえてきた。湯船に浸かった加納が起き上がれず、何度もバスタブでひっくり返っていた。

©iStock.com

「ここは滑るなぁ。死ぬかと思ったぜ」

 老いた加納の様子をみて、愚痴を言う気が失せた。ベッドに転がると、加納は大いびきをかいて寝てしまった。窓を開けて静まり返った森を眺めながらビールを飲んだ。運転手役の私は、部屋に入るまで酒が飲めない。

 子供のように丸まって寝ている加納の体は想像以上に華奢になっていた。複雑な感情がこみ上げて来て、涙がこぼれた。精神的・金銭的な負担を強いられ、悲しかったわけではない。なんだかんだ文句はいっても、それは納得ずくである。孤独な老人が惨めだったわけでもなかった。ただ、加納の姿を見ていると泣けてくる。楽しく酔っぱらい、他の部屋で寝ている人間たちは、こうした加納の姿を知らない。

潜入ルポ ヤクザの修羅場 (文春新書)

鈴木 智彦

文藝春秋

2011年2月17日 発売

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