インドネシアの東部にある小さな島レンバタ島。ここには手漕ぎの帆船と銛(もり)だけでクジラを獲る人々が住んでいる。ラマレラというその民族は真の伝統的捕鯨集団として世界最後の存在であり、それゆえ国際的にも有名。日本でも小島曠太郎氏、江上幹幸(ともこ)氏、石川梵氏といった研究者や写真家が本を書いている。
だから「今またラマレラ?」と思ったのだが読んでみて驚いた。「ノンフィクションはここまで来たのか!」
ジョンという主人公格の若者の生活を中心に、ラマレラの歴史、捕鯨の方法、山の民族との関係、クジラ乞いや呪いの儀式、物々交換の経済、氏族間や男女間の格差、親子の対立、クジラの知能、外国船による魚の乱獲、携帯や船外機など現代文明の浸食、国際環境保護団体やインドネシア政府からの圧迫など、ラマレラ内外のあらゆることが複雑な模様のタペストリーのように織り込まれている。
最大の驚きはそれらが「小説」の文体で書かれていること。20名以上の村の人の会話、心の揺れ、細かい仕草まで描かれている。
虚構ではないかと思うのだがちがう。本書の断り書きによれば、著者は合計1年間をラマレラ村で過ごした。漁にも何10回も参加し、映像や音声を録りまくり、徹底的にインタビューを重ねた。しかもインドネシア語のみならずラマレラ語まで習得し、それで自在にコミュニケーションをとっていたという。さらに過去の研究者の論文やジャーナリストの記録などを徹底チェックしたうえで、自分が直接見聞きした出来事と綿密な聞き取りから彼らの過去と現在を物語として再現したというのである。
いわば「文芸とルポと文化人類学の融合」。おかげで、読者はまさに村の一員になったかのような錯覚に浸ってしまう。
読みどころは無数にあるが、私は若いクジラ漁師の気持ちに感情移入してしまった。
銛1本で全長10メートル以上、体重20トン以上ものマッコウクジラに立ち向かうのは危険きわまりなく、大けがや死亡事故は珍しくない。でも、というか、だからこそ、最も危険な一番銛の打ち手「ラマファ」になることが村の男にとって最大の栄誉となっているが、若者たちにとってそのハードルは高い。
ラマファになりたいと熱望する反面、若者たちは町に出て建設現場で働いて日銭を稼ぎ、バイクに乗ったりSNSで女の子を口説いたりする方が楽しいんじゃないかと葛藤する。そのあまりに極端な選択がリアルすぎ、自分ならどっちを選ぶかと考え込んでしまう。
その他、警察も病院も災害緊急支援もない伝統社会では「氏族」と「祖先」がその役割を担っていることに強い説得力を感じた。
自分も一度こんなノンフィクションを書いてみたいと思わせる凄い本である。
Doug Bock Clark/フリージャーナリスト。『ナショナル・ジオグラフィック』『GQ』など有力誌に寄稿し、ジャーナリズム関連の賞や助成金を獲得するなど活躍してきた。本書が初著作。
たかのひでゆき/1966年、東京都生まれ。ノンフィクション作家・翻訳家。最近の著書に『謎のアジア納豆』『辺境メシ』など。