文春オンライン

「美術館に行くたび疎外感があった」平成生まれの芥川賞作家・遠野遥さんが“小説を書くこと”を選んだ理由

『破局』芥川賞受賞インタビュー

2020/07/18

「いつも、自分が読みたい文章を書いている」

「どうしてもっと自信を持って戦わないのか。私に勝ちたいと思わないのか。憤りを覚え、確実に潰すと決めた。」(『破局』より)

 受賞作『破局』は、大学4年生の陽介が主人公。かつてはラグビーに打ち込んだ彼も、いまや公務員試験に向けて勉強中の身。ただし筋トレは欠かさない。自分なりに正しいことを為そうといつも考えているが、逸脱することもしばしば。恋人との関係に溺れたり、結果的に社会規範から外れた行動をとってしまったりも……。

 陽介の「自分語り」という体裁をとっているため、一見いかにも純文学と受け取られるやもしれないが、全編に可笑しみもたっぷり盛り込まれ、「読むことの愉しさ」が横溢している。

 ふだん小説とは縁遠い人にも、一読すれば大いに響くだろう作品に仕上がっている。

ADVERTISEMENT

「そうですね、ガチガチの『文学ファン』以外にも広く読んでもらえたらうれしい。そういう気持ちは、小説を書き始めたころからずっとありますね。

 そのために文体はできるだけ平易なものとなるよう工夫していますし、文章を飾り付ける修飾語も極力抑えています。ふだん小説を読まない人はそういうところで躓いて、離れていってしまうと思うので」

 

 言われればたしかに、遠野作品では、凝りに凝った比喩表現などあまり出てこない。書き手が自分の文章に酔ってしまっているような雰囲気は皆無だ。

「自分自身、小説を読むときは簡潔な文体・文章を持ったものを好むので。ごてごて飾りつけてあると、読み手が想像力を働かせる余地がなくなってしまい、読み方が限定される気がします。

 簡潔に書いてあるほうが、読み手は好きなように想像を膨らますことができる。そういうものを読みたいし、書きたい。つまり僕はいつも、自分が読みたい文章を書いているということですね」

 その思いは作品を読むとよく伝わってくるのだけれど、ここでひとつ疑問が。

 平易で簡潔な文章を書くというのは、難解で晦渋な文章を書くことよりもきっと難しい。ものごとはシンプルに磨き上げるほうが得てして困難ではないか。

文章のお手本は、夏目漱石だった

 どうやっていまの書き方を会得したのか。

「いちど書き上げた作品を徹底的に見直し、書き直したりはします。ただ、簡潔に書こうというのは最初から思っていたことで、それ以外の文章を書いたことがない。自然に書くとああなるのであって、逆にきらびやかな表現を書けと言われたらものすごく苦労すると思います」