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「いくさからラグビーになったような」

 本譜は馬2枚のにらみに期待し、先手玉の封じ込めと7八の飛車を目標にできるかが勝負になった。しかし、ここは豊島がピンチをうまくしのぐ。

 ▲2七歩(第6図、123手目)が味わい深い。△同馬は▲3九桂から入玉を阻まれるのが気になる。実戦の△3七香は入玉を目指すという意味では手堅いが、香を手放して馬筋も止まった。となれば、▲7五歩から先手は入玉しやすくなっている。つまり先手は1歩を代償に持将棋(=引き分け)に持ち込みやすくしたのだ。のちの点数勝負を考えると1歩でも無駄にしたくないのは当然だが、先手の入玉を確定させるには好手だった。

第6図ー123手目▲2七歩(ニコニコ生放送より)

 ▲7五歩(第7図、125手目)は20時15分の局面で、ニコニコ生放送で深浦九段が「いくさからラグビーになったような」とつぶやいた。相入玉は敵玉を詰ますのではなく、自分の玉が敵陣に入り込んで駒をどれだけ取ったかがポイントになる。華々しい戦いというよりは、駒を取る・逃げる・狙う・守ると地道な応酬に様変わりした。

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 ここから局面の焦点は、先手が持将棋に持ち込むための24点に足りるか否か。やがて立会人の福崎九段とスタッフが協議を始めた。

第7図ー125手目▲7五歩(ニコニコ生放送より)

「脳に餌を与える」という表現がしっくりくる

 関係者がモニタを見守るなか、延々と駒取り合戦が続く。「と金のやすり攻めやな。いちばん時間がかかる」と福崎九段がつぶやいた。夕食休憩後に永瀬はバナナ、豊島は栄養補助食品を口にしていた。無表情で頬張る姿を見ると、「脳に餌を与える」という表現がしっくりくる。闘志があっても体に栄養が回っていなければ戦えない。

 いつしか手数は150を超え、棋譜用紙は2枚目に突入した。

第1局では8本だったバナナは、本局では10本用意されていた

 福崎九段は喉がかわいて困っていたときに、対戦相手の谷川浩司から飲み物を差し出されたことがある。1991年の第39期王座戦五番勝負第5局、王座を奪取した一局だ。終局は0時4分で、千日手局と指し直し局を合わせると戦いは15時間に及んでいる。

「千日手指し直し局で時間がなくて喉がカラカラのときに、谷川さんが『よかったらどうぞ』って自分の缶入りのお茶をくれたんです。谷川さんは用心深いから、ちゃんと用意していたんですよ。お茶をくれたのは、弱っているやつに勝ってもしょうがないと思っていたんじゃないですか。勝てばいいじゃなくて、よい相手に将棋は将棋で勝ちたいと思っている。それに終盤がやたら強くてね。普通は模様がよくなったら兵を引くでしょう。武田信玄と一緒で、六分ぐらいの勝ちでいい、滅ぼさないと。みんな昔はそんな感じやってん。でも、谷川さんは上杉謙信みたいに突っ込んでいって、首を取ろうとする。清廉潔白なんです」