午後は長考合戦が続き、指し手の進みは遅い。大盤解説会では糸谷哲郎八段が「角換わりは解説者殺しなんですよ。一気に進んで、そのあとはピタリと手が止まりますからね」とぼやいていた。
豊島将之竜王・名人の攻め、永瀬拓矢叡王の受けと棋風通りの展開になった。近年の豊島は序盤から指し手を飛ばし、要所で長考に沈むスタイルが目立つ。読みの射程範囲が長く、先の先まで読んで激しい順を選ぶ。難しそうに見えてもすべてが豊島の描いたレールだった、そういう将棋も珍しくない。
攻め駒を責めるのは永瀬の得意パターンだ
しかし、本局は敵玉に迫るのではなく、もたれるような手順が続いた。ニコニコ生放送では「豊島さんが攻めるときは結構激しいので意外」と深浦康市九段は評している。ペースをつかんだのは永瀬だった。
デビュー当時の永瀬は振り飛車党で、受け将棋で知られた。相手の攻めを吸収し、盤上に自分の駒を増やして制圧するような指し回しは、途中で相手を戦意喪失させてしまう。近年は相居飛車の最新形にモデルチェンジして攻めっ気が強くなったものの、やはり受ける展開で持ち味を発揮する。
△4八角成(第3図、68手目)と馬を作られたところで、豊島は自信がなかったそうだ。飛車は攻めの主砲だが、馬に追われて自陣に閉じこめられてしまっては手も足も出なくなってしまう。何より、攻め駒を責めるのは永瀬の得意パターンだ。
18時からの夕食休憩前、豊島は▲5五桂(第4図、71手目)と打つ。だが△5四歩と催促されると、思うように攻めが続かなかった。このあたりは感想戦でも触れられ、「桂がおかしかった」「手が広くて」「何かないですか」のやりとりがあった。記者は控室で都成竜馬六段と検討していたが、▲5五桂では▲4三歩とし、▲2四桂に迫力を加えたほうがよかったか。
評価値はかなり永瀬に傾いていたが……
豊島は駒損を承知で激しく攻め込むが、永瀬が自然に応じて優位に立った。第5図(98手目△6九角)を見ればわかる通り、後手は「中段玉寄せにくし」で安全になっている。第5図から▲7九金の粘りに△7八角成も十分に予想された。寄せにいくなら飛車を取るのは自然だが、のちに▲6四角が攻防手で後手の入玉を牽制される恐れがある。
感想戦で豊島は△7八角成の手順に触れて、「本譜とどちらも結構悪い」と話したが、永瀬は「そうでしたか」と述べるに留まった。ニコニコ生放送に表示される評価値はかなり永瀬に傾いていたが、当人の実戦心理は違っていたようだ。