「発達障害」という言葉は既に人口に膾炙し、日本国内でもその特性や対策について認知が広まってきた。しかし、実は、「発達障害」はいまだに科学的根拠のある診断が確立されておらず、過剰診断や過剰投薬の問題も起こっている。

「市民の人権擁護の会日本支部代表世話役」の米田倫康氏は、大衆の無知をいいことに、不安を煽り権限の独占をしている専門家の存在を指摘する。米田氏の著書、『発達障害のウソ――専門家、製薬会社、マスコミの罪を問う』(扶桑社新書)より、一部を引用する。

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なぜそれでも人々は精神科医を信じるのか

「お医者様」という言葉が表す通り、専門家信仰が強い日本において、数々の専門家の中でも格別な地位を築いているのが医師です。他人の命を預かるという尊い責任を引き受けている以上、医師が人々の畏敬を集めること自体何らおかしなことではありません。そのような専門家信仰、お医者様信仰が行き過ぎた結果、大衆が一方的に専門家である医師に身を委ねるようになった……という推察はあながち間違いではないでしょうが、それだけだとすべてを説明するのは無理があります。

 どんな分野の専門家についても言えることですが、もしも専門家が明らかに良い結果を出していて、ここの先生のところに行けば間違いなく問題が解決するという評判が広がっているのだとしたら、その専門家に身を委ねる人々で殺到するのは自然なことです。しかし、さまざまなデータが示すのは、むしろ発達障害を含む精神科領域を独占している専門家は、目に見えた結果を出していないということです。では、なぜ結果を出していない専門家に人々は身を委ねるのでしょうか?

「わからない」ことで不安を煽り、「権限の独占」をおこなう

 専門家に身を委ねる動機は他にもいくつかあります。一つは、その専門家が特別な権限を独占していて、そこに依頼するしか手段がないという場合です。これは法律上仕方がないことです。その権限を持たない人が勝手にやってしまうと罪に問われてしまう可能性すらあります。

 たとえば、医師法によって、医師(あるいは歯科医師、獣医師)にしか診断や薬の処方ができないことになっており、それ以外の人がやってしまうと医師法違反(無資格医業)に問われます。診断書がないと特定の支援制度を受けられないという場合、不本意であっても診察を受けて診断書を書いてもらう必要があります。

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 もう一つよくある動機は「わからないから」というものです。わからないから弁護士に手続きを任せる、わからないからとりあえず業者に修理を任せる、わからないからプロの調理師に作ってもらう……。これもごく普通のことでしょう。面倒なことや自分では解決できないことをやってくれるのが専門家であり、それに依頼するのは当たり前のことです。

 しかし、世の中は誠実で有能な専門家ばかりではありません。人々の「わからない」を利用することで顧客をカモにする専門家というのはどこの分野でも存在します。それどころか、あえて物事を複雑、難解にさせることで自分たちの専門性を演出し、既得権を守るようなことが業界ぐるみで行われていたりもします。そもそもの話、「権限の独占」と「わからない」を組み合わせ、不安と恐怖を煽ることで人々を支配するというやり方は、太古の昔から行われてきました。