「レイコ先生は演奏も生徒の乗せ方もすごく上手いです。『「ダンシング・クイーン」を弾けますか?』と例の質問をしたときもピシャリと一言、『練習すれば、弾けない曲などありません』。俺は長年の取材の蓄積から、暴力団について聞かれればパッと答えられます。レイコ先生も『人に教えるとは?/音楽とは?』と考え続けているから、どんな問いにも硬質な答えを返してくれる。言葉の端々からそう感じました」
レッスンの感想をSNSに書き込むと、編集者から本書の執筆依頼が舞い込んだ。「発表会をエンディングにして欲しい」というリクエストをされ、渋々エントリーしたのだが――。
「発表会直前は原稿そっちのけでピアノばかり弾いていました。編集者に進捗を聞かれても『それどころじゃない。弾けるか弾けないかの瀬戸際なんだ!』と突っぱねて。ついに迎えた本番では、緊張のあまり数小節飛ばして演奏してしまいました。20年以上ヤクザを相手に取材してきた経験から、並大抵のことでは動じない自信があったのですが……。俺の人間力はこの程度かと叩きのめされましたね。レイコ先生は『お通夜みたいに悲愴な感じになる』と言っていましたが、その通りでした」
ピアノを始めたことで、思わぬ副産物もあった。
「以前は、きれいなものを褒めるときの語彙が『美しい』しかなかった。犯罪や暴力団に関する血なまぐさい語彙は豊富にあるのですが(笑)。『ヤクザときどきピアノ』を書いたことで、新たな語彙を自分の辞書に加えられました。きっと類書や二番煎じはあり得ない。それは嬉しいですね」
すずきともひこ/1966年、北海道生まれ。雑誌・広告カメラマンを経て、ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めたのち、フリーに。著書に『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』『潜入ルポ ヤクザの修羅場』など。