昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

特集観る将棋、読む将棋

「あの時の3倍強い」山崎隆之八段の言葉に私はのけぞった

第2期“書く将棋”新人王戦――忘れられない推しの名言

2020/07/24

※こちらは公募企画「第2期“書く将棋”新人王戦」に届いた36本の原稿のなかから「松本渚賞」を受賞して入選したコラムです。おもしろいと思ったら文末の「と金ボタン」を押して投票してください!

松本渚さんの推薦コメント:

見よ、これが山ちゃんを応援する時の将棋ファンの姿だ!

山崎隆之八段の将棋の面白さと、見守るファンの深くて歪んだ(?)愛が、凄まじい勢いと語彙で語られた作品だと思います。きっと山崎八段を知る人なら身に覚えのある興奮の仕方が描写されているのではないでしょうか。

勢いが凄いため改善点も見えてしまうのですが、それを上回って面白さと愛が光っていると思いました。

これからもエチルをキメながら山ちゃんと山崎将棋を愛してください。

◆ ◆ ◆

「あの時の3倍強い、だと?」

 第3回AbemaTVトーナメントの対局前に「今の自分はあの時の3倍強い」と山ちゃんが言った。私はのけぞった。

 

 ここでいう、あの時とは2年前の同トーナメント参戦時。山ちゃん、もとい、山崎隆之八段は4戦全敗の結果も悔しいところだが、内容的にも振るわなかった印象。「どうした山ちゃん! 早指しは得意じゃなかったのか?」私も対局は見ていた。ちなみに彼の八段を山ちゃんと呼ぶ私は、彼の人の何者でもない。彼の八段の方に「山崎」を「山ちゃん」と呼ばせる何かがある、というか、隙がある。好きです山崎八段。 

 山崎八段はかつて、名人戦の解説で聞き手の矢内女流五段に「(予想手が)当たらなかったら、……もうね、矢内さんをあきらめます」と公共の電波で告白したことがある。公式見解として、これは告白でなく、冗談がキレを欠き、逆に本当っぽくなってしまったとされているが、どうか。いずれにせよ「もー、山ちゃん」としか言いようがない。いや、告白してるよねえ。私の山ちゃん史観では告白したことになっている。あと、何より人が指さないヘンテコ将棋で勝つという山崎美学に唯一無二の輝きを感じます。

 

「あの時の3倍強い、だと?」

 山崎八段の強い意気に私も震える。

お祭り色の強い非公式戦。一人、本気の不退転

 非公式戦であるAbemaTVトーナメントはお祭り要素が強い。しかし雪辱を期す山崎八段は、数か月前からこのトーナメントのみが採用するフィッシャールールでしか練習していないと言う。その間に公式戦もあったろうに。何やっとるねん。ツッコミを一つ入れざるをえない。

「前回は恥をかいた」「負けたら口だけ野郎」

 さらなる言葉が山崎八段の口に並ぶ。表情は厳しい。山崎八段は関西将棋会館棋士室の牢屋主的存在と聞いている。きっと数多くの練習対局を棋士室で重ねたに違いない。もとより山崎八段は才能では一番(でも隙が多い)の評価で、手が見えるかどうかの早指し戦は才能の領域だ。山崎八段の厳しい表情の中には自信が伺えた。

 重ねて言うがAbemaTVトーナメントはお祭り色の強い非公式戦である。山崎八段はさながら町内の運動会に、一人アップ十分、スパイクを履いて現れた闖入者のようだ。その男気に痺れる。日本選手権にアップ十分でスパイクを履いて来る人は普通である。一方、町の運動会にアップ十分にスパイクを履いて来た人は、一人、本気の不退転、一人、負けられない戦いとなる。町の運動場から見上げる決意の空は高く、勝負のトラックの脇には家族連れがシートの上でお弁当を食べる。そのおかしみ、その悲壮。空の青、シートの青にも染まらずにただよふ。私もビール片手にAbema桟敷で観戦です。

 

 AbemaTVトーナメント予選は2本先取の3本勝負。対戦相手は斎藤慎太郎八段。新旧西の王子対決だ。