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特集観る将棋、読む将棋

「あの時の3倍強い」山崎隆之八段の言葉に私はのけぞった

第2期“書く将棋”新人王戦――忘れられない推しの名言

2020/07/24

摂取したエチルと相まってAbema桟敷には歓声と悲鳴

 一局目。後手番となった山崎八段は、序盤で再三誘いの隙(隙が魅力的)を見せるも斎藤八段は自重。二人は親しい間柄と聞く。件の棋士室でも練習将棋があったのではなかろうか。乱戦は山崎に利あり、そんな結果が出ていても不思議はない。妄想入りました。駆け引きの末、居玉が定位置(非推奨)の山崎玉が、仕方なく穴熊の穴を掘り始めたところでようやく斎藤八段が仕掛ける。緒戦の分かれは、先手有利。しかし持ち前のヘンテコ将棋で悪くなることも多い後手の人はここからが強い。アヤの付け方がうまく終盤の佳境で体が入れ替わる。斎藤玉の守りが見る間に解体され一瞬、詰みが生じる。山崎八段はここで、閃光のような銀捨てを着手。解説の深浦九段からも感嘆の声が上がる。しかしこれが敗着。間違えたらしい。いい手じゃなかったねと深浦九段の訂正も入る。以下、逃走する斎藤玉に追いすがるが、逃げきられる。山ちゃーん! 摂取したエチルと相まって我が家のAbema桟敷には歓声と悲鳴が飛び交った。

 私の隣にはお嫁さんが陣取る。ほぼ観る専門で指す方は一手詰めを勉強中。推しは木村王位で、昨年末から王位の出るイベントはほぼ皆勤している。木村王位って美人だよねえと、謎のため息をつく。みんな大好き木村王位なのだけれど、嫉妬からか私は対戦相手の応援が多くなりました。

 二局目は山崎八段の先手番。一局目同様、差し手争いの序盤戦の末、斎藤八段の引きこもりの角(ただの置物)に山ちゃんの門番の金(立派な働き手)が刺し違えられる。これはまずい、となったところで、山ちゃんが権利の千日手(引き分け)の順が発生する。でも山ちゃんは打開する。山崎八段は極端に千日手を嫌うという。ちょっと悪いぐらいが得意だから理には適っているが、どうなんだ。主戦の飛車をお互い敵陣に打ち合った局面では、斎藤八段が大優勢に見えた。言わんこっちゃない。斎藤玉が収まる美濃囲いがべらぼうに固い。通常、金銀3枚の囲いが、この度なんとお得な5枚(70%増量!)セットになっている。盤の一番右端にいる飛車から、左側の王様を眺めて、その間に5枚挟まる絶望感たるや、板橋にいて、池袋のサンシャイン等々を挟み、新宿都庁舎執務室の百合子知事(敵玉)をはるかに望むようだ。板橋にいてもボーっと立ってるしかない先手の飛車(と馬)は自陣に引き返して防戦に当たるが、この時の先手、山崎陣のピンチ感がすごい。敵軍の成り駒と自軍の成り駒(普通は自陣にいない)の赤が合わさって、もうもうと火の手が上がっているようじゃないか。

 

 それがですよ、攻防の桂跳ね一発で勝負にするのだから、山崎将棋はたまらない。玉の逃げ道を広げた桂跳ねが、後手の玉頭を攻める形になっていて、持ち駒だけは溜まっている。銀打つ! 角打つ! 香打つ! 角成る! 怒涛の追い込みを見せ、ついには斎藤玉を必至に捕える。板橋から引き返してきたあいつらも、なかなか大したもので、崩壊した自陣を支えている。逆転勝ちか? しかし斎藤八段の手は落ち着いていたんだな。どうも勝ちが見えてるくさい。解説の深浦九段の「詰むかどうか」の声を頼りに、観ているこちらも希望は捨てなかったが、無念、山崎玉は華麗に打ち取られてしまいました。嗚呼……。

3倍強いスーパー山崎の炎が消えて、1倍の山ちゃんに

「口だけ野郎でした」

 控室に帰る山崎八段からは、3倍強いスーパー山崎の炎が消えて、1倍の山ちゃんに。その後ろ姿の絵になること。全くもって千両役者。

 

 我が家のAbema桟敷はやんやの喝采。勝って山崎、負けてなお山崎と締めたいところ、負け局を二本並べてしまいましたので、直近の山崎八段の勝ち局を一つ。

 91期棋聖戦一回戦。B級グルメ戦法であるパックマン(ヘンテコ)を先手番で久保九段に仕掛けたところ、すぐにボコボコにされて53手目には山崎玉はすっかり丸裸に。まあ、元来がすぐ脱ぎたがる山崎玉ではあるのだけれど、続く54手目、久保九段に飛車金両取りをかけられたところは、普通ならもはやここまでとなる局面。しかし、これを指せるとするのが山崎将棋。王様が60手近く裸でふらふらと漂う間に久保九段の王様を攻略、111手にて山崎勝ち。傍目には即興の落書きのような将棋で、他の追随を許さない。私はそんな山崎将棋を、完成を拒む未完の少年性と見ているのですが、いいですか? 八段の前髪パッツンにも少年を感じます。我もまた未完成ということで励まされます。山崎八段よろしく、3倍強いと言うタイミングをうかがう毎日です。

追記:AbemaTVトーナメント、続くチーム渡辺戦で近藤誠也七段に連勝した山崎八段はやっぱり3倍強かったです。

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