大泉さんには人と人との間の壁を一瞬にして溶かす才能がある
――実際に表紙や各章の扉で速水に扮した大泉洋さんが登場されていますね。大泉さんにコンタクトを取ったのはどのタイミングなんですか。
塩田 プロットをもう書き始めていた2015年7月に、TEAM NACSの『悪童』の公演を観に行って、ご挨拶だけしました。その時は小説の話はしていません。大泉さんはずっと第一線で活躍されている俳優さんなので、中途半端なアイデアをお出ししても邪魔になるだけですから。事務所の方とは何度かプロットのやりとりをして、その年の秋、11月くらいに大泉さんにプロットを読んでいただいたんです。その後、ちょうど『罪の声』(16年講談社刊)の連載の最終回を書いている時に一度東京に来て、食事をセッティングしてもらって。そこでOKをもらえれば写真撮影が可能ということで、絶対に説得しなきゃというプレッシャーがありました。今書いている『罪の声』で絶対に当ててやろうという気持ちがありましたけれど、その次に何を書くかは作家として非常に大事だったんです。しかも僕の記念すべき第10作ですから。
大泉さんに感想を伺ったら、やっぱり鋭い意見をお持ちなんですよね。出版業界の人間が出版界の話を書くと、どうしても専門バカ的な小さい話になっているんですよ。その出版業界の事柄と社会がどう繋がっているのかの部分が足りなかったのを、大泉さんが「僕だったらこういう部分が知りたい」と言ってくれて、気づいたことがたくさんありました。それと、僕自身の新聞記者時代の話をすごく面白がってくださったので、これは何か使えないかなと思い、それで速水が元新聞記者という設定になりました。大泉さんのひと言で、速水の情報に対しての強さが具体的に出るようになったんです。そこはもう、大泉さんに感謝しています。
自分は「裏の人間」。だから大泉さんのような華のある「表の人間」に反応してしまう
――読んでいて、もう、本当に大泉さんが浮かぶんですよ。大泉さん演じる速水ならこう言いそうとか、こう行動しそう、とか。それがすごく楽しかったですね。
塩田 今回のために、大泉さんの舞台を観に行ったり、映像関連を観たりしました。小説の中で速水がやる物まねのレパートリーは、大泉さんが実際にできる人たちです。田中真紀子さんとか、鈴木宗男さんとか。あと、語尾ですね。大泉さんの話す語尾や間を全部チェックしました。一番大事だったのは、大泉さんは、いじること、いじられること、両方できるスイッチヒッターだということ。実際にお話ししていても瞬時にスイッチしていく感覚がありました。それは困難を切り返していく主人公の大きな武器になる。その感覚をストーリーに溶け込ませて、速水と大泉さんが一緒になるようにしました。当て書きとしていける、という手応えはありましたね。今考えても、僕が当て書きできると感じるのは大泉さんだけなんですよ。本当に奇跡的なめぐり合わせだなと思います。
――いつから大泉さんをご存知だったんですか。
塩田 大学時代にPUFFYの番組に出てはったのを観て、いじられるのがうまい人だなと思っていて。最初、僕は関西人だから北海道での人気は知らなくて、この人面白いけれど何者なのか分からないというのがありました。そのミステリアスな感じはこの小説の中に入っているかもしれません。たまに『水曜どうでしょう』が流れているのを見るようになって、やっぱり達者やなあと思って、そこからずーっと見てきました。
持って生まれた華があるのは間違いないですね。撮影の時も、大泉さんが「お願いします」と言って入ってきはった瞬間から、なんかもう笑いがポーンと起きる。あ、これが華か、これが「表の人」だと思ったんです。僕は高校の時に漫才をやっていて、まったくウケずに挫折して、自分は「裏の人間」だと思ったんです。だから華のある人にはすごく敏感に反応するんですよ。羨ましいから。
それに大泉さんは人と人の間の壁を一瞬にして溶かす才能があるんです。もう気遣いも細やかなんですよ。食事に行くとなると自分で店を予約したりするし。それでこちらがちょっと緊張していると、必ず気分をほぐすことを言うんですよね。7月に一度お会いして、11月に説得のために一緒に食事した時も、僕は緊張が顔に出てたんだと思うんですよ。そうしたら最初に会った時の第一声が「あれ、塩田さん、眼鏡かけてましたよねー?」って。僕、ここ15年くらい眼鏡してないんですよ。
――(笑)
塩田 ようそんなホラ吹くなと思って(笑)。えらいええ加減やと思ってすごく和んだんですよね。僕もいろいろ役者さんにインタビューしてきましたけれど、普通に座って受け身で答えるんじゃなくて、自分で雰囲気を和やかなものにして最終的に自分の間で場を動かせる能力がある。そこに巻き込まれるのが気持ちいいんです。ああこの人のこれは本当に才能だなと思いました。もっと好きになりました。
――これは本当に大泉さん主演で映像化すればいいのに。
塩田 そう言いたいんですけれどね。まあ事が大きくなるのでなかなか難しい問題がありますが、メディアミックスということを考えて小説を書いたので、本当はぜひお願いしたいです。