『罪の声』の塩田武士待望の新刊。普段活字を読まない人も夢中になる仕掛けが……
――最新作『騙し絵の牙』(2017年KADOKAWA刊)は出版業界が舞台。大手出版社のカルチャー誌『トリニティ』の編集長、速水輝也が雑誌の存続をかけて奔走する姿が描かれます。昨今の出版界の現実問題がたっぷり盛り込まれていますが、構想開始は2013年だったそうですね。
塩田 2013年に『崩壊』(のち光文社文庫)という本を書いた時に、雑誌の『ダ・ヴィンチ』が取材に来てくれまして。その時にこの本の担当者となる村井有紀子さんと出会いました。村井さんは俳優の大泉洋さんのエッセイを担当した人で、取材の場で、僕も大泉さんが好きだという話をしていたんです。そうしたら後日、村井さんが「ちょっとお話があります」と言って僕が住んでいる京都まで来てくれて。執筆の依頼かなと思ったら、「大泉さんを主人公に当て書きして小説を作りたい」と言われたんですよ。この人、京都まで来て何を言っているんだろうと思いました。僕、新聞記者だった頃に5年間くらい芸能を担当したんで、それが難しいことはよく分かりましたので。そりゃ本心ではそんな企画ができたらいいなと思いましたよ。でも、実現するなんて思えませんでした。
その時にコラム連載の依頼もいただいたので喜んで書いていたんですけれど、ことあるごとに村井さんが大泉さんの話をするんですよ。それで半信半疑ながらテーマの話なんかをしていたんです。
最初は何を書けばいいのか浮かばなかったんですね。でも雑談で出版業界の話をするじゃないですか。僕は文芸の業界しか知らないですけれど、『ダ・ヴィンチ』はコミックなども扱っているし、いろんな話を聞くうちに、狭いと思っていた出版業界が、実は広いんじゃないかと思えてきたんです。それで、どう考えてもテーマとして面白いなと思えてきた。僕がデビューした頃にはもう出版業界はだいぶ下り坂になっていましたけれど、この状況の中で何か一筋の光を表現できたら、社会派小説として面白くなるんじゃないかと思い、そこから取材や情報収集を始めました。普段の編集者との会話も取材モードになって、知り合いの出版関係者にステルス取材を仕掛けたわけです。
小説で「予言」が出来るのは膨大な取材によって本質を見極めているから
――相手は気づかないうちに取材されている、という(笑)。
塩田 だからその人たちは『騙し絵の牙』を読んでびっくりされると思いますよ。「これ俺が言うたことやん」って。2014年の11月くらいからはかっちりインタビュー取材も積み重ねていったので、結構な人数に話を聞いています。そこから肉付けしていきました。この先、小説で書いたことが本当に出版界に起こる可能性もありますが、それはなぜかというと、そうやって取材して書いているからなんです。
僕は山崎豊子さんの小説を読んでいて、なぜ山崎さんが書くと現実にそのことが起こるのかと常々思っていたんです。なぜそんなに予言ができるのか、と。それは山崎さんが膨大な取材によって本質を見極めているからなんですね。本質を見極めているから、人間がその先取りうる選択を予言のように書けたんだと思います。僕の今回の作品も、ステルス取材含め結構な人数に聞いていますが、本質の部分でこの人は外せないという人にもインタビューしていますので。
――紙媒体の女性誌が次々と廃刊になり、文芸誌も存続が難しくなっていくなかで、「人たらし」と評判の速水が打開策を探して奔走する。出版界で何か新しいことができないか模索する内容の小説自体が、こうして新しい試みをしているのが面白いですね。
塩田 今の出版界に何が足りないかを考えた時、僕は期待感やと思うんです。「この本ワクワクする」っていう感覚。僕は大衆小説家ですから、ワクワクして手に取ってもらえるものを書きたい。『騙し絵の牙』は、ぱっと表紙を見た時に「あれ、なんで大泉さんこれに出てるの?」と思い、読んでみたら頭の中で大泉さんが勝手に動き、現実の出版界がこれからどう展開していくのか興味が湧くという、幾重にも楽しみの種をまいているエンターテインメントになっていればいいなと思います。社会派として読書好きにもアピールするし、普段活字を読まない人も、新しい読書体験ができるんじゃないかと。