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「右派」と名指された人々が砂漠で次々と餓死……中国共産党による「反右派闘争」とは

『死霊魂』ワン・ビン(映画監督インタビュー)

2020/08/06

 約8時間半という長尺ぶりにまず驚く。だが映画を見るうち、そこにこめられた歴史の重みに圧倒され、8時間半では短すぎるとすら思えてくる。

 中国出身の映画監督ワン・ビンは、常に自国の歴史と現実に向き合い続けてきた。『鉄西区』(2003年)では廃れゆく工業地帯の現在を、9時間を超えるドキュメンタリーという形で映し出し、『収容病棟』(2013年)では雲南省の精神病院の実態を克明に記録してみせた。8月1日(土)より公開される最新作『死霊魂』の主題は、1950年代後半から60年代前半に起きた中国共産党による「反右派闘争」。ある日突然「右派」と名指された人々が、ゴビ砂漠にある再教育収容所へ送られ、過酷な労働と食糧難のため次々に餓死していった。監督の初長編劇映画『無言歌』(2010年)でも取り上げたこの負の歴史を、本作では、生存者たちの膨大な証言によって紐解いていく。

 撮影は2005年から2017年という長い時間をかけて行われ、その素材映像は600時間以上に及ぶという。見る者に圧倒的体験をもたらすこの驚くべきドキュメンタリー映画は、果たしてどのように誕生したのか。

ワン・ビン監督

生き延びた人々が、真実を語ってくれた

――『死霊魂』についてお尋ねするうえで、まずは同じく「反右派闘争」を主題にした過去作『鳳鳴 中国の記憶』(2007年)と『無言歌』(2010年)との関係性についてうかがわせてください。夾辺溝の再教育収容所での飢餓を描いた『無言歌』の製作の時点で、すでに『死霊魂』の製作も想定されていたのでしょうか。

ワン・ビン 実際に収容所へ送られた人々への取材は、2005年頃、『無言歌』を作るためにスタートしました。『無言歌』は、原作の小説(楊顕恵『告別夾辺溝』)がありそれに基づいて撮った作品でしたから、取材はあくまでリサーチでした。それを使って一本の作品にしようとは当時は考えていませんでした。

――一人の女性の証言を延々と映し続けた『鳳鳴 中国の記憶』もまた、『無言歌』のリサーチとしてスタートしたのでしょうか。

ワン・ビン 『鳳鳴 中国の記憶』に登場するのは、夫がゴビ砂漠にある夾辺溝の再教育収容所に送られた女性です。夫に会いに、一度だけそこを訪ねたことはあるものの、鳳鳴さん自身が直接収容所での飢餓を体験したわけではありません。ですが、彼女もまた同じ時代、夫と共に右派とレッテルを貼られ、様々な苦難に見舞われた人です。だから彼女に自分の経験を話してもらった。決して『無言歌』の素材として話してもらったわけではありません。