Amazon、ヤマト、佐川急便……数々の過酷な潜入取材をしてきたジャーナリスト・横田増生氏が次に選んだのは、自分の本を名誉毀損で訴えたユニクロだった。

「(批判をする人には)うちの会社で働いてもらってどういう企業なのかをぜひ体験してもらいたい」というファーストリテイリング・柳井正社長の言葉は“招待状”だった。『ユニクロ潜入一年』(文春文庫)は、合法的に名前を変えた筆者が、潜入した現場で見た実態をレポートしている。

 かつて『自動車絶望工場』で人間を疎外するトヨタ自動車の経営のあり方を体験ルポとして描いた、ルポライターの鎌田慧氏が解説する。

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(全2回の1回目。#2を読む)

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言論にたいする恫喝訴訟における完璧な「勝訴」の記録

 ユニクロ社長・柳井正氏は、自社がブラック企業と批判されていることにたいして、「限りなくホワイトに近いグレー企業」と余裕をみせて答えている。完全なホワイトではない、とは謙遜かそれともホンネなのか。

「悪口を言っているのは僕と会ったことがない人がほとんど。会社見学をしてもらって、あるいは社員やアルバイトとしてうちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたいですね」

 挑発的である。この作品『ユニクロ潜入一年』がユニークなのは、前著『ユニクロ帝国の光と影』を出版して名誉毀損で訴えられ、損害賠償(2億2千万円!)、さらに出版差し止め処分を請求された文藝春秋と、訴えられなかった著者とが手を携え、地裁、高裁、最高裁と争ってユニクロの訴えを退けたあと、追撃の一冊として出版されたことにある。

 これは、著者が柳井社長の挑発に乗ったかたちで、ユニクロのいくつかの販売店にアルバイトとして入職、さらにかつて働いていた労働者に取材して書いた、冷静沈着な一書である。サービス残業の恒常化などを自己体験で確認、柳井氏に叩き返した証拠であり、完璧な「勝訴」の記録である。

ユニクロ潜入一年」 文藝春秋

 売り上げ額を誇るような大企業が、言論にたいして「フェイク」と声高に主張して、「スラップ」(恫喝訴訟)を構える典型的な事例である。しかし、企業は社会的存在であって、「コンプライアンス」(法令遵守)ばかりか、内外の批判を謙虚に受け止めて改革し、時代にあわせていかないかぎり生き残れない。いまの時代は内部の批判者としての労働組合が無力化し、経営者が社内民主主義を自己点検する志向が弱まっている。

 企業経営は内外の批判に対応し、時代のニーズに合わせるのが賢明なはずだ。社内では箝口令を敷き、外部の批判にたいしては威丈高に高額な賠償請求を振りかざす。批判者を恫喝するのは、経営者の狭量を示して美しくない。世界から注目されているユニクロが、「巨大な柳井商店」の流儀のままでいるのか、企業内言論の自由を確立し、働くものを大事にする大らかな社風で、世界に迎え入れられるのか、その問いかけとしてこの本は貴重である。