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 窓から身を乗り出す兄は興奮した口ぶりだ。兄は物知りで、よく科学の図かんシリーズを読んでいるから、きっとほんとなんだろう。

「お兄ちゃん、もしほんまにこの音が子どもにしか聞こえへんのやったら、私らだけのひみつにしとかへん?」

「ええよ、またこの音聞こえてきたら、目で合図送りあおな」

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「どんな?」

 兄がウィンクをしようとして、両目つぶりになり目もとがしわくちゃになったから、私は笑った。

「そろそろねよか」

「うん」

 私たちは布団に入り直すと、おやすみも言わずに目を閉じた。

 しばらくすると音はふっつりと消え、なにも聞こえない静けさが、逆に耳にむずがゆい。さっきまでの振動を、耳が恋しがってる。

 一

 私たちは良い香りなんかしなかった。

 よく汗をかき、塩ゆでした枝豆の匂いがした。

 私たちは純粋じゃなかった。

 自分が秀でるためには、平気で他人を貶めた。

 それでもあのときの輝きを糧にして、今を生きている。

 

 恋は、始まりでも終わりでもない。

 ちょうど人生の真ん中にある。

 それを教えてくれたのは、あなたです。

 

 満開を過ぎた桜並木は、体育館へ続く坂道に並ぶ新一年生たちに向かって、惜しげもなく花びらを散らした。桜の老木の幹は水分が抜けて引き締まり、乾いた木肌には縦筋が幾つも入って、ひび割れている。先割れの細い花びらは、枝の先で咲く姿は淡いピンクのぼんぼりに見えるのに、散って地面に落ちると真っ白に見えた。

 山の斜面に建つこの中学校は、校舎側と体育館側でずいぶん高低差がある。高い校舎側に立つ桜並木は、低い位置にいる私たちから見上げると、がけの縁に沿って生えているように見える。花びらは私たち新一年生のおろしたての制服や、散髪したての黒々とした頭にくっついたの以外は、道の側溝に他の落ち葉と一緒に吹きだまっている。クラス別で背の順に並んだ新一年生の列は、体育館脇から傾斜の激しい下り坂を経て、校門の近くまでずっと続いていた。

 配布された“入学式のしおり”の時間割通りに式が進んでいるとすれば、いまは校長先生が新入生の保護者にあいさつをしているはず。待ち時間のあいだ、新入生たちは互いに自己紹介し合ったり、小学校で同級生だった友達を見つけて話しかけたりして、さっそく友だち作りに励んでいたが、静かにしなさいと先生に一喝されたあとは、おとなしくしていた。

「先頭の列に続いて、前へ進め!」

 先生の号令に従い、私たちはじりじりと二、三歩だけ歩き、前の人との距離をつめた。隣の列に並ぶ男子たちの制服は笑えるくらいぶかぶかで、ブレザーの袖は長すぎるし、ズボンの丈は余ってる。これから成長してゆくからと、いまの体格を無視したサイズを親に買われたんだろう。彼らはほんとに成長して背たけが伸びてゆく。きっと卒業するころには制服がきつくなるくらいに。

©iStock.com

 こんな場所に、いるはずじゃなかったのに。

 ふいに後悔がおそってきて、唇をかんだ。まさか志望の中学校の試験に落ちるなんて思わず、ただの公立のこの中学なんか、まったく下調べしてなかったから、実感がわかないままだ。あんなに勉強をがんばったのに、まさか校区で区切られて決まるだけの、こんな中学校に入学するなんて。同じように中学受験に失敗した兄は、自分は公立中学に入りたかったからわざと落ちたんだ、なんて言ってたけど、私はちがう。本気で目指していた中学の、紺色に金の胸章がついた制服じゃなく、ただの白いポロシャツに灰色のプリーツスカートを着ている自分に、いまだになじめない。