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 地面に落ちている花びらを新しい運動靴の裏で踏みにじり、やわらかな表面に茶色い筋をつけていると、黒いゴムがぽとっと足元に落ちた。

 空から降ってきた?

 違う、私のだ。

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 とっさに右手で髪をつかむ。あったはずのゴムがなくて、やっぱりほどけてる。肩につく髪は結べ、と生徒手帳の校則に明記されてるのに、私の毛先は紺のブレザーを着た肩に触れたまま。

「先頭の列へ続いて、前に進め!」

 先生の号令がかかり、列が動き出す。とっさにゴムを拾い、つかえないように前の生徒に続き、歩きながら髪を首の後ろで束ねようとしたが、あせっているせいで指先が上手く動かない。束ねるには毛が短すぎるのと、ゴムの輪が広すぎるのとで、結ぶ前から次々と毛がこぼれ落ち、ゴムが手のひらへ戻ってくる。

 もう体育館の入り口のすぐ近くまで来てる。マイクを通した校長先生の声も聞こえる。新一年生の入場が始まってしまう。

 知らない手が後ろから伸びてきて、私からゴムを取った。

「髪、したげる」

 真後ろから声がして、手が今度は私の髪に触れる。どんな子が後ろに並んでいたか思い出せない。彼女の指は私の髪を素早く残さずすくい上げると、高い位置できつめに縛った。

「こんでえーんちゃう」

 最後に手は私のポニーテールの房を根元からつかみ、優しく下へおろして毛並みを整え、私は心地の良い鳥肌が立った。

「ありがとう」

「一年生、入場!」

©iStock.com

 振り向こうとしたら、体育館の中からマイクを通した号令が聞こえて、あわてて前に向き直る。出入り口をふさいでいた紅白の縦ストライプの幕が、両開きに素早く上がる。

 体育館内に着席した数百人の父兄は、上半身をねじ曲げて、後方の私たちを見ながら割れんばかりの拍手だ。金屏風を飾った舞台の前にある空席を目指して、赤いじゅうたんの敷かれた真ん中の花道を、一直線に進んだ。

 私は他の子のように首を伸ばして保護者席にいるはずの自分の親を探したり、見つけたら小さく手を振る必要は無い。両親は“受験に失敗した私を見たくない”と言って、式に来てない。

 新入生が全員着席すると、校長先生による入学許可の宣言が始まった。座っている身体を少し前かがみにして、さっき私の髪を結んでくれた女の子の顔をちら見しようとしたけど、距離が近すぎるのと彼女のサイドの髪の毛がじゃまで、ちょうど見えない。かわりにプリーツスカートに置かれたふっくらした手だけが見えた。在校生の代表あいさつを聞きながら、その手はわずかに開いたり閉じたりしている。

 隣の女の子は最初こそ背すじをのばして舞台上の話を聞いていたけど、新入生の言葉が終わり学年部長のあいさつに差しかかると、だらけた姿勢になって椅子の背にもたれかかったので、ようやく顔が見えた。

 丸いりんかくの、眉の下がった眠たげな顔。瞳を半分閉じそうな、間のびした表情をしている。新入生の証に胸元に赤い花のバッヂをつけた彼女が頬をひくひくさせて、奥歯をかみしめて、あくびをかみ殺しているのを見ていると、私までこみ上げてきて、耳の気圧を変える内側だけのあくびに鼻の穴が少しふくらんで、涙がうっすら浮かび、鼻の頭がうす赤くなる。私たちはほぼ同時に、圧縮したあくびの残がいを鼻息で外へ出した。