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 第四校舎の奥にある家庭科室に見学に行ったとき、自分以外の新一年生が見学の席に座っていたのに驚いたくらいだ。四人しかいない先輩たちが目の前で作ってくれた焼きたてのクッキーをほおばりながら、私はもう入部を決めていた。そのとき一緒に見学したのが千賀子ちゃんで、私たちは事前に示し合わせたあと、そろって入部した。

「部活を決めるとき私は、バレー部にするか最後まで迷ってんけど、たむじゅんと相談して結局ソフトボール部に決めてん。私らな、四月の末にあった春季の体育大会で、選手として出場してんで! うちのソフトボール部はいままで部員が少なすぎて大会には出られへんかってんけどな、私とかたむじゅんとか他の一年生が入部したから、めっちゃ久しぶりに大会に出場できてさ。一点も入れられへんボロ負けで、一回戦敗退やったけどな。でもええねん、これから一年生のうちらが盛り上げて強くしてくから」

 朱村さんのおしゃべりに適当にあいづちを打ちながらも、私はそれどころじゃない。裾から背中へ回すつもりだったコーリンベルトの先っぽを見失った、濃いピンクのベルトだし目立つはずなのに。彼女の後ろに立ち、身八つ口から入れて背中をまわり脇へ通すはずのコーリンベルトを、彼女の浴衣のあちこちに手をつっこんで探す。朱村さんがくすぐったそうに身をよじる。

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「だから、こしょばいって。そんでな、次の夏季の体育大会の試合までには一年生にもユニフォーム配られるらしいから、いまから楽しみにしてる。白とえんじ色の野球選手っぽいのが、うちのユニフォームなんやけど、そでがラグランスリーブになってて、ださ可愛いねん」

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 ようやくコーリンベルトを見つけてクリップで止めると、腰ひもをきつくしめ直した。彼女がうっと息を吐き、私の前髪が揺れる。

「きっつ! 肋骨折れそう」

「ちょっとの間、我慢して。これで完成やし」

 出来上がりを見た朱村さんは爆笑した。

「なにこれ、ぐさぐさやん。全然ちゃんと着れてない、すぐ脱げそう」

 私も鏡を見てがく然とした。整えたつもりがえり元はまだはだけてるし、おはしょりは不自然に膨らみ、裾の高さもそろってない。あんなにきつく腰ひもを結んだのに。

「綸なんなん、そのカッコ! めっちゃだらしないやん」

 隣のたむじゅんがげらげら笑い出す。

「んなことありまへん! ウチは祇園イチの舞妓どすぅ。お客さん寄ってっておくれやしてごめんやっしゃ~!」

「ハハハ、綸、舞妓と新喜劇が混ざってるで」

「そやお客さん、ウチのお座敷来たら野球拳する決まりどすえ、やりまひょ、やりまひょ! ハイ野球~するなら、こういう具合にしやしゃんせ。アウト! セーフ! よよいのよい! 負けた! 脱ぐで!」

 周りの女子たちも拍手して盛り上がる。戻ってきた上野先生が、じゃれ合って浴衣をしわくちゃにしている二人を見つけて怒声を上げ、着付けを笑われてくやしかった私の気もようやく済んだ。

綿矢りささん ©イマキイレ カオリ
「文學界」2020年8月号掲載

※第一回全文は「文學界」2020年8月号掲載、第二回は9月号(8月7日発売)に掲載しています。最新11月号(10月7日発売)には第四回を掲載しています。

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