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ダウンタウン松本が「いかに浜田が嫌いか」を国際電話で8時間話したあの頃

ダウンタウン松本が「いかに浜田が嫌いか」を国際電話で8時間話したあの頃

大﨑洋×坪田信貴×ハイヒールが語り合った「タレントとマネージャー論」

2020/08/20

genre : エンタメ, 芸能

掃除が日課の窓際社員と、期待されない養成所の1期生

吉本興業の約束 エンタメの未来戦略』(文春新書)

 大﨑さんとハイヒールのふたりが出会ったのは1982年。大﨑さんは、漫才ブームの時に、吉本が急遽作った東京の連絡事務所で勤務した後、大阪へ戻る辞令が出て、新人養成所として開校されたばかりのNSC(吉本総合芸能学院)の担当に。期待されてない、いわば窓際の部署だったが、そこでNSCの1期生として入学してきた、ダウンタウン、ハイヒール、トミーズたちと出会った。当時、大﨑さんが出社していちばん最初にやることは、NSCの校舎まわりを掃除することだったという。

リンゴ その頃、同期の女の子が、「ここ、掃除して」って言うたら、大﨑さんモップもってきて、ほんまに掃除してはりましたよ。

坪田 モモコさんが大﨑さんのことを「初めて私にいろいろ教えてくれた大人です」とおっしゃってたんですが。その言い方はちょっと意味深長だと思っちゃいました(笑)。

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モモコ そんな変な意味じゃなくて。私はド不良のヤンキーで、なんも知らんで、吉本に入ったから。そこで出会った大﨑さんから、一から教えてもらったんです。

大﨑 アホがアホに教えただけやねんけど。

モモコ ほんまに、そんな感じで。私はお笑いのことはもちろん、一般常識もなんも知らんかったから。ラジオの周波数の合わせ方から教えてもらいました。

ハイヒールのリンゴさんとモモコさん

 師匠に弟子入りして修業をしないと芸人になれなかった時代に、養成所でお笑い芸人を育てることには批判も風当たりも強かったという。期待されていなかったNSC1期生のマネージャーを大﨑さんは自ら買って出て、どう売り出していけばいいか、策を練っていったという。

 リンゴさんは大学在学中に、モモコさんは高校中退後にNSCに入学。そこで出会ってコンビを結成。「女子大生と元スケ番」という異色の漫才コンビ・ハイヒールとして売り出したが、まずテレビ番組のレギュラー出演が決まったのは、モモコさんひとりだった。