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「激闘、死闘であります」めったに起きない将棋の引き分け「持将棋伝説」を追う

「激闘、死闘であります」めったに起きない将棋の引き分け「持将棋伝説」を追う

調べてみると、永瀬拓矢二冠と並ぶ「出現率」の棋士がいた

2020/09/07
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 2020年8月22日に行われた王位戦予選、阿部光瑠六段―長谷部浩平四段戦は、持将棋指し直しの末に長谷部が勝っているが、その持将棋成立の局面が話題となった。

阿部光瑠六段 ©️相崎修司

 図がその局面である。手数の280手は持将棋局としても長いほうだが、それ以上に注目を集めたのが盤上の様相だ。40枚中33枚の駒が盤上にあり、そのほとんどがお互いの相手陣に集中している。持将棋局といえども、ここまで盤上に駒が集まったのは相当に珍しい。例えば、史上最長手数とされる420手で持将棋が成立した2018年2月の竜王戦、▲牧野光則五段―△中尾敏之五段戦でも、420手目における盤上の駒の枚数は24枚である。

阿部ー長谷部戦持将棋図

「駒が多いほうからいうものだよ」

 なぜこのような局面が生じたのか、まずは当事者2人に話を聞いてみた。

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「途中から駒の数は数えていました。何度も持将棋を打診しようとは思いましたが、長谷部さんのほうが駒数が多いので、待っていました。△1七香を打たれて、一度記録係に時間を止めてもらい打診すると、お互いの合意で持将棋になりました。改めて振り返り、客観的にみると、相当に珍しい形ですよね」(阿部六段)

「途中の展開としては、こちらが入玉できるかどうか怪しく、まずは入玉を確定させようとしていました(長谷部玉が入玉したのは202手目)。もちろん24点法なのはわかっていましたが、先輩の阿部さんが(持将棋成立を)言い出さなかったので『棋戦によっては27点法があったかな』と疑心暗鬼になってしまいました。後日に別の先輩から『駒が多いほうからいうものだよ』と教えてもらいました。普段の将棋と異なり点数を取りに行くのは、見ている側なら面白いですが、実際に指すのは大変です。持将棋模様の指し方を練習はしませんからね(笑)」(長谷部四段)

長谷部浩平四段 ©️相崎修司

どちらも相手の玉を詰ます見込みがなくなった場合

 そもそも持将棋とは何か。日本将棋連盟の対局規定には「持将棋とは双方(少なくとも片方)の玉が敵陣3段目以内に入り(以下、「入玉」と言う)、どちらも相手の玉を詰ます見込みがなくなった場合を指す」と書かれている。

 対局規定にもある「入玉宣言法」は2019年10月より新たに導入されたルールだが、現在のところ、この規定で持将棋が成立した例は聞いたことがない。阿部―長谷部戦も両者の合意によるものである。宣言法が導入されたのは「お互いの合意が成立しない」可能性を考えてのことだが、宣言の条件を満たさないと負けにされるので、当事者としては相当にやりにくいだろう。事実、阿部六段と長谷部四段の両者も「宣言はしづらいです」と口をそろえる。

 そして、長谷部四段が触れた「27点法」とは、先手ならば28点、後手ならば27点あれば宣言したものが勝ちになるというルールだ。こちらはアマチュア棋戦で採用されている。対局会場の使用時間など、プロ棋戦と比べて決着をつける必要がより求められているからだ。