1日に2局持将棋を指したという、前代未聞の経験
ただ、永瀬二冠と並ぶ持将棋出現率の棋士がいた。村中秀史七段である。502局中5局なので、永瀬二冠の持将棋率とほぼ同じだ。しかも村中は1日に2局持将棋を指したという、前代未聞の経験をしている。
2014年2月21日に行われたNHK杯予選で、村中七段は高見泰地七段と対局したが、総手数276手で持将棋となった。指し直し局は70手で髙見を下すと、続く予選2回戦で北浜健介八段と対戦。この一局も248手で持将棋が成立した。
2局連続で持将棋というのはそれ以前に島朗九段が経験しているが(1986年10月3日のB級2組順位戦、対長谷部久雄九段戦が182手で持将棋、その3日後、10月6日のオールスター勝ち抜き戦、対小林健二九段戦が281手で持将棋)、1日で2持将棋、計4対局というのはとてつもなく体力を消耗しただろう。
なお、持将棋の指し直し局が再度持将棋になった例はない(叡王戦の第2、3局はタイトル戦番勝負であるから指し直し局とは勘定せず、それぞれが独立した対局として数える)が、持将棋の指し直し局が千日手に、あるいは千日手の指し直し局が持将棋になった例はいくつか存在している。
「あの時はさすがに2局もやるかと思いましたが、もともと自分は相手の玉が入玉を目指した時に無理に捕まえに行かないタイプなんです。捕まえ損ねて点数負けの恐れがあるならば、持将棋でもう一局という傾向は他の棋士と比較しても強いでしょう。あと、居飛車党で、特に矢倉が多いから、その結果として持将棋が多くなるのかなと思います」と村中七段は語る。
「居飛車党、矢倉が多いから持将棋が多くなる」という言葉について説明すると、持将棋はお互いの玉が敵陣を目指すことになるので、相居飛車のように玉がまったく異なる筋にいる形のほうが出現しやすくなるのだ。双方の玉が入玉の邪魔にならないからである。逆に言うと居飛車対振り飛車の対抗形では持将棋が出現しにくい。お互いの玉が邪魔をする形になるので、入玉しづらいからだ。
そうなると、必然的に振り飛車党の棋士は持将棋が少なくなる。例えば「藤井システム」で知られる藤井猛九段は1175局の公式戦を指しているが、持将棋はゼロだ。
「相入玉になるとゲーム性が変わってくるので、それぞれのセンスが出る」
持将棋ゼロの棋士でもっとも多く公式戦を指しているのは、振り飛車穴熊を得意とする福崎文吾九段(1418局)だが、本稿ではあえて、その次に位置する深浦康市九段(1362局中ゼロ)にスポットを当てたい。深浦九段が純粋居飛車党なのがその理由である。
「私は入玉模様でも積極的に捕まえに行くタイプと思っています。流れ次第で持将棋となるのは仕方がないですが、ギリギリのところで戦わないと勝てない、捕まえに行く姿勢が大事だと思っています。ただ、入玉模様の経験が多いので、持将棋がゼロというのは、正直、意外でした」と深浦九段はいう。
続けて「相入玉の将棋は点数稼ぎになるので、独自のテクニックはありますよね。お互いが精一杯に戦った結果として、相入玉になるとゲーム性が変わってくるので、それぞれのセンスが出てきます。ファンの方にはそういうところも見てもらえればと思います」と語った。
最後に、現在の持将棋王(?)である永瀬二冠が持将棋について語った言葉で締めたい。
「棋士のレベルが上がれば持将棋は増えてくると自分は思っています。人間と人間の全身全霊のぶつかり合い、激闘、死闘であります」