「偶然聴いてしまったが、耳を聖水で洗い流したい」と苦言
金銭のやり取りをともなう性行為まで肯定する「WAP」は保守派の人々、なかでも伝統的家庭観を重んじるキリスト教保守の怒りを買った。カリフォルニア州下院議員に立候補している共和党員ジェームズ・P・ブラッドリーは「これが神と強き父親の姿無きまま育った子どもの末路だ」「偶然聴いてしまったが、耳を聖水で洗い流したい」と苦言。「この曲は規制すべき」と提唱した前出ディアナ・ロレーヌも、共和党から出馬していた元議員候補である。
一方、「WAP」をフェミニズム的に肯定する声も大きい。それゆえ、このセクシャルな大ヒット曲は「性の堕落だと批判する保守派vs女性エンパワメントだと称賛するリベラル派」という構図の政治闘争を生むこととなった。
何故、この曲がリベラルな観点から評価されているのか。それを知るには、まず、アメリカのポピュラーミュージックの状況について踏まえる必要がある。
基本的に、日本と比べると、米国のポピュラー音楽には派手な性的描写が盛んと言っていい。即物的エロティシズム表現は、特に男性スターが多いヒップホップジャンルでは定番となっている。
たとえば、若者に人気がある男性ラップデュオ、レイ・シュリマーが2016年にリリースした「Shake It Fast」のミュージックビデオは「ビッチ、尻を振れ!」と号令をかけられた水着の女性たちの臀部をセクシーに映している。
そのため、チャートヒット曲をチェックしている人々からすると、男性アーティストによるエロティックな作品は沢山出されてきたのに、同じようなことを行ったカーディとメーガンだけバッシングされる状況は「今さらな指摘」であり、女性の性的表現のみ封じようとするダブルスタンダードに感じられるわけだ。
米音楽界には「性にポジティブなフェミニズム」が根付いている
もう一つ特筆に値するのは、米国のポピュラー音楽界において、リル・キムら往年の女性ラッパーのほか、SMプレイを描いたマドンナや、フェミニスト宣言をしながらセクシーに踊るビヨンセを筆頭に、女性のセクシャリティや性欲を肯定する「性にポジティブなフェミニズム」が根づいていることだ。
この観点にもとづけば、「WAP」を「女性の立場を100年後退させた曲」と定義する保守派に「むしろ100年に及ぶ進歩によって(抑圧されてきた)女性が性的欲求を公言できるようになったのだ」と反論することができる。