満月の夜に開店する珈琲店がある。そこでは夜空の下、猫のマスターと店員が、西洋占星術の知識をもとに素敵なメニューを出してくれるのだ――。ファンタジックな物語を執筆したのは、『京都寺町三条のホームズ』などで京都を舞台にした小説が大人気を博している望月麻衣さん。なぜ西洋占星術がモチーフの小説が生み出されたのだろうか。
「デビュー前、ケータイ小説と言われていたジャンルの賞に応募していたのですが、最終選考には残るけれど受賞しない、ということが続いたんです。運が悪いと思って、開運情報を調べるうちに、占星術の先生たちのブログに出会いました。星の流れに沿って行動しましょう、例えば、新月あるいは満月になったら願い事をノートに書く、獅子座の月は自分をアピールして、乙女座の月では縁の下の力持ちになることを心掛ける、とか、そういうことが書かれていました。それに沿って行動していたら、みるみる開運して、賞を受賞したり、小説がシリーズ化、コミカライズ化していったりしました。それで自分でも占星術を学ぶようになり、教室に通ったりして、なんとか入り口に立てたかな、と思ったのが2016年頃。その時はまだ、占星術をモチーフにした小説を書くのは難しかった。でもいつか書きたい、という気持ちは持ち続けていました。その後、桜田千尋先生の『満月珈琲店』という、珈琲店のトレーラーに猫のマスターがいるイラストをTwitterで偶然目にして、『素敵! この作品を表紙にした占星術の物語なら書けるかもしれない』と感じました。そこで同人イベントに出展されていた桜田先生に会いに行き、それをきっかけに、コラボレーションが決まりました」
桜田さんの「満月珈琲店」のメニューは、「満月バターのホットケーキ」「惑星アイスのアフォガート」など、どんな味なのだろうと想像を掻き立てられるものばかり。このお店では、お客がメニューを見て注文するのではなく、お店から、一人ひとりの状況に沿った一品が出されるのだ。
「『水瓶座のトライフル』や『水星のクリームソーダ』は、執筆する中で私が考えました。桜田先生にも原稿を読んでもらって、内容をすり合わせていきました」
第一章に登場する芹川瑞希は、スランプ中のシナリオ・ライター。長く付き合った恋人とも別れ、現在はソーシャルゲームの脚本を書き食いつないでいる。旧知のディレクター・中山明里に企画書を却下され途方に暮れていた時、「満月珈琲店」に迷い込む。そこで「星詠み」の三毛猫のマスターが瑞希の出生図(ネイタルチャート/生まれた瞬間のその場所での天体の配置図)から導き出してくれたアドバイスと「水瓶座のトライフル」は、瑞希の心をほぐしていく。第二章では、既婚者に騙されていた明里が、「満月アイスのフォンダンショコラ」を食べ、自分が本当に好きな人に気づいていく。年を重ね、楽しいことばかりではない人生を送る登場人物たちが、「満月珈琲店」をきっかけに前進していく物語は、ほろ苦くもやさしく、大人向きだ。
「占星術は、ある程度年齢を重ねていないとわからないところがあります。瑞希は40歳で、36歳から45歳までを指す『火星期』にあたります。これまでの学びを経て、ようやく能力を発揮する時期です。自分の出生図を知ると、これまでの人生を納得できて、救われるところがあります。未来を憂えるのでなく、今を生きることが大事。占星術は、それを手伝ってくれるものだと思います」
もちづきまい/北海道出身。京都在住。2013年、E★エブリスタ主催の電子書籍大賞を受賞しデビュー。『京都寺町三条のホームズ』で第4回京都本大賞を受賞。著書に『京洛の森のアリス』など。絵本『満月珈琲店』(KADOKAWA)も発売中。