一度なったら二度と元の状態には戻れない。それが認知症の厳しい現実だ。だが最新研究によれば、グレーゾーンの時期なら戻れる可能性があるという。戻れた人は何をしたのか。公務員、主婦、職人……甦った人々が明かした、驚くべき体験エピソードを取材するとともに、認知症専門の医師たちが「復治」のためのアドバイスをする。(全2回の1回目/後編を読む)

週刊文春 認知症全部わかる! 最新予防から発症後の対応まで」(文春ムック)

 74歳の柴崎幸太郎氏(仮名)は、地方公務員として定年まで働いた。最初に自分で異変に気がついたのは、いまから8年前、2012年の7月頃だったという。

「当時、母親を在宅介護していたので、自分で料理をしていました。長年やってきたので手馴れたものでした。ところがある時、野菜を切っている間に鍋を焦がしてしまった。しかも焦げた匂いにまるで気がつかなかった。これが最初でした。

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 そのうちに、色々なことが思い出せなくなってしまいました。その日にやろうと思っていたことを忘れるのでメモを書くようにしましたが、そのメモの存在自体も忘れてしまう。ついには自分の誕生日がわからなくなったのです。もうたまらなく不安になりました」

 それだけではない。なんと会話にも支障をきたすようになった。言葉が出てこなくなったのだ。

「たまに人と会って話をすると、言葉が出て来ないのです。何かを質問されても、答えているうちに質問内容を忘れてしまい、さらにどこまで話したかもわからないのです」(柴崎氏)

 当然、家族も周囲もおかしいと感じ始めた。さらに洗面所で、こんなことがあったという。

「いつも行くトイレの手洗い場は、蛇口の下に手を出せば自動的に水が出てくるタイプでした。ところが、別の場所の洗面所は自分で蛇口を捻るタイプ。でもそのことがわからず、ずっと手を差し出したままでいたのです」(同前)