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師・大山の目の前で…

 1回2分6秒KO勝ち。

「サマンがストーンと倒れたんだよ。すぐに立ちあがって、ファイティングポーズをとってニタッと笑った。そうしたら顔色が変わって、そのまま崩れ落ちたんだ」

 あまり試合や自らのことを語らない、無口でニヒルな山崎が少しだけ得意げになっている。

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 試合後、報道陣の前でこう言った。

「空手はキックに絶対に負けない」

 この試合を自らの生涯ベストファイトにまで昇華させ、鮮明に脳裏に焼きつけたのには理由がある。リングサイドに一人の男がいたのだ。

 会場に到着すると、山崎の耳に思わぬ言葉が入ってきた。

リング上で笑顔を浮かべる山崎、1969年10月3日 提供・山崎照朝氏/東京新聞

「大山(倍達)館長が来ている。テレビのゲストらしいぞ」

「えっ…」。これまで試合に両親さえ呼んだことはない。万が一、倒される可能性だってある。そんな死に様を誰にも見せたくない。それなのに、最も尊敬する大山が来場している。

「俺は事前に知らなかった。テレビが館長を呼んだんだろう。内心焦った。これはヤベーな、絶対に負けられないと思った。だから、勝ったときはどの試合よりも嬉しかった」

 試合後、勝っても喜ばない、いつも冷静な山崎がリング上で歯を見せた。生涯で唯一「嬉しかった」と表現した試合。なにより師・大山の目の前で「極真王者」の強さを見せられたことが嬉しく、誇らしかったのである。