「こういうことを乗り越えて、また撮影の現場に帰ってきて欲しいという風に、今思っています」
9月11日に行われた映画『いのちの停車場』の撮影現場会見で発せられたその声は静まりかえった報道陣の前に重く響き、その言葉は瞬く間に多くの記事やニュース番組で報じられた。その言葉を贈られた相手が、その会見のわずか3日前に大麻所持で警視庁に逮捕された俳優伊勢谷友介であり、言葉の贈り主が日本を代表する女優、あの吉永小百合だったからである。
逮捕から三日でノーカット公開の了承を取り付けた
いったい、この会見で吉永小百合がここまで踏み込んで発言すると予測した記者は会見の場に何人いただろうか。主演映画『いのちの停車場』に伊勢谷友介が追加キャストで出演すると発表されて邦画ファンが歓声をあげたのが9月5日、撮影が行われたのが9月6日、伊勢谷逮捕が8日で、制作会見が11日である。
1週間にも満たない間に天地がひっくり返るような混乱が起き、通常ならプロデューサーが「事実を確認し、目下対応を協議中です」という声明を出すのがやっとの状況なのではないか。
だが、東映の対応は驚くほどに鮮明だった。プロデューサーや監督を飛び越え、今年5月に就任したばかりの東映6代目手塚治新代表取締役社長が自らマイクを持って出演俳優の逮捕について報道陣に説明をし、伊勢谷友介の撮影済みシーンについてはカットせずにそのまま公開することを発表した。
逮捕からわずか3日の間に東映新社長はスポンサー企業との話し合いを繰り返し、ノーカット公開の了承を取り付けていたのだ。
それは昨年のピエール瀧の逮捕の時、東映配給の『麻雀放浪記2020』で先代多田憲之社長と白石和彌監督が肩を並べて会見し、撮り直しなしのノーカット公開を宣言した路線の継承とは言える。