大坂なおみの黒マスクは、今年の全米オープンテニスを象徴するアイテムになった。

 大会は、人種差別に対する抗議活動が盛り上がりを見せる中、コロナ禍をくぐり抜けた米国・ニューヨークで開催された。大坂は毎試合、人種差別が関係した事件の黒人犠牲者の名前を記したマスクを着けてコートに入場した。用意したマスクは全部で7枚。

「(犠牲者の数に比べ)7枚では足りないのが悲しい。決勝に進んで全部見てもらいたい」

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「皆さんがどんなメッセージを受け取ったか」

 6試合を勝ち抜いて決勝に進出、まずひとつ、目標を達成する。モデルガンで遊んでいて警察官に銃撃された12歳、タミル・ライスさんの名前を記した7枚目のマスクで臨んだ決勝で、元世界ランキング1位のビクトリア・アザレンカ(ベラルーシ)に逆転勝ち。優勝インタビューでマスクについて聞かれると「皆さんがどんなメッセージを受け取ったかに興味があります。多くの人がこのことについて考えるきっかけになればいい」と答えた。

優勝後のフォトセッションでカップを掲げる大坂なおみ ©getty

 その2週間前、全米前哨戦のウエスタン&サザンオープンで準決勝に進出した大坂は、黒人男性が警察官に射殺された事件に抗議するため、大会を棄権する意思を示した。これを受けた大会側とツアーを主催するWTA(女子)、ATP(男子)は、大会を1日順延して人種差別への抗議に賛意を示し、大坂も棄権を撤回した。

 大坂が見せたリーダーシップを多くの選手仲間が称え、女子テニス界の先駆者で男女同権運動の推進者でもあったビリー・ジーン・キングさんも絶賛した。

 大坂は、コート上だけでなく、コートの外でも女子テニスのリーダー的存在になった。

試合態度の幼さが気になった2016年頃

四大大会デビューとなった2016年全米後のインタビュー ©文藝春秋

 彼女を誇らしく思う一方で、“それにしても、あの大坂が”と、人の成長の不思議を思わずにいられない。

 趣味は日本のマンガやアニメとゲーム。遠征先では自室にこもり、四大大会にデビューした2016年頃は選手仲間と交わることも少なかった。気になったのは試合態度の幼さだった。

 コート上でたびたび涙を見せた。18歳で臨んだ16年の全米3回戦では、第8シードの強豪マディソン・キーズ(アメリカ)を第3セット5-1と土俵際に追い詰めながら、逆転で敗れた。挽回を許して5-5になると「追い上げられて、わけがわからなくなってしまった」と涙がこぼれた。記者会見でも「駆けつけてくれた母に勝つところを見せたかった」と、また涙……。その後も何度、悔し涙を見せられたか。

このころはまだ「どこにでもいるティーンエイジャー」だった ©文藝春秋