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「ふとした瞬間にそのセリフが降りてくるときもある」

 そして7月、寄席が再開となった。早速7月の上席、鈴本演芸場の夜の部主任(トリ)を務めあげている。

「懐かしさがありました。久しぶりだなあ、という感じ。戸惑いはなかったですよ。配信を続けていたので、まるっきり高座がなかったわけではなかったしね。

 それに、僕も落語に飢えていたけど、お客さんも落語に飢えていたんだろうね。ソーシャルディスタンス興行で客数は半分だけど、反応はすごくいい。

 9月19日からは、5000席以下の会場なら、お客さんを半分以上入れてもよいことになりました。とはいえ、しばらくは空いてるでしょう。寄席もホール落語も、消毒・検温など感染対策をしっかり行っています。生で落語を見ていただくのは、実は今がチャンスかもしれません。10月の文春落語にも、安心してぜひ足を運んでいただきたいですね」

 10月7日(水)の夜は、文春落語のリアル公演。日本橋の「日本橋劇場」で、入船亭扇辰との二人会だ。両師匠は落語家音楽ユニット「三K辰文舎(さんけいしんぶんしゃ)」の仲間でもある。

「扇辰さんとは、随分長いことやってますからね。扇辰さんはネタが抜群に多いけど、おいらは少ないので、さて何をやりますかね……。

 おいらは、このくらいのクラスではネタが少ない方です。もっと上の世代は、40、50代のあたりで、本当にたくさんのネタを覚えてやっていたと思うけど、最近は、一つの噺を半年ぐらいかけてじっくりこさえていくんです。まあズボラなんですけど、マイペースでじっくり覚えていきたいんです。

 

 それに、ネタが少ないと、同じネタを何度もかけることになるけれど、毎回毎回、同じネタだけど絶対同じにはならない。小説や漫画なんかを読みながら、よくかけている噺の登場人物に、こういうセリフを言わせたら面白いな、と、フッと思いついたりする。ふとした瞬間にそのセリフが降りてくるときもある。アンテナをずっと張り続けているから、常にアップデートしているんでしょうね。だから同じネタでも、5年前にやったものと今やるものとでは、ずいぶん違いが出てくる。ネタと落語家の関係というのは、永遠に繰り返しをやっているわけではない。そこを愉しんでいただけたらな、と思います」

 高座に上がる時には、今も昔と変わらずに大切にしていることがある、という。

「師匠(二代目橘家文蔵)から最初に学んだことです。『(落語家は)言葉を操る商売だから、ちゃんとした日本語を使いなさい』と言われたことが、いまも頭に残っています。もともとおいらは言葉遣いがぞんざいだったこともあって、そこをしっかり直されました。

 たとえばね、ある落語家さんが『らくだ』をやっていて、お酒を注がれる場面で、『いやこんなに山盛りに注がれても……』と話していました。でも、お酒は『山盛り』じゃないんです。山盛りはごはん。お酒は『なみなみ』です。あとは、江戸長屋での会話の中で、『おむつ』という言葉を使った落語家さんもいた。でも、ちょっと『おむつ』はお城の中の会話のように感じてしまう。やっぱり長屋だったら『おしめ』のほうがシックリ来ます。