クワガタムシを愛し、人生のすべてを賭してしまった男、それが「クワバカ」。そして、クワバカたちを取材するうちに、ジャーナリストの中村計さん自身もクワバカ沼に飲み込まれていった。クワバカたちのほとばしる情熱を描いた『クワバカ クワガタを愛し過ぎちゃった男たち』(光文社新書)より、その一部を抜粋して紹介する。(全2回のうちの1回目。後編を読む)
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点と点がぶつかるのを待つ
同じマルバネでも、人それぞれ好みがある。
先ほど、アマミマルバネは歯型の発達が不良だと書いたが、対照的に、良好なのがオキナワマルバネだ。オキナワマルバネの最大個体は70ミリ。全種を通じ、70ミリの大台に乗ったのは、確認できている範囲ではオキナワマルバネの最大個体一頭のみである。
オキナワマルバネは大歯型になると、そのあごは異様なほど細く、長い。それゆえ、どこか鉛筆の芯を極限まで削り出したような危うさが漂う。そして、他の3種の大歯型には「縦角」といって先端と中ほどに上向きの突起物が左右2つずつあるのだが、オキナワマルバネはその縦角が先端の方のみ、つまり一つずつしかないのだ。
このオキナワマルバネにはまったのが定木の盟友、林だった。
「大きな個体、60ミリ台後半になったときのあごの変わり様がすごいんですよ。僕は湾曲が緩く、真っすぐスコーンと伸びた特大のダイシを『スコーン型』と呼んでるんですけど、初めてスコーン型を見たとき、僕の人生が変わった。もう寝ても覚めてもマルバネのことばかり考えるようになっちゃいましたから」
どの種も大歯型になると緩いカーブを描くものだ。ところが、オキナワマルバネの大歯型は、人によって「毛抜き型」と呼ぶように、直線的で先っぽだけが内側に入っている形が現れる。
異様に発達したオキナワマルバネの大歯型は、マルバネ属の限界値のシルエットと言ってもいい。
オキナワマルバネは沖縄本島の北部、やんばるの森に生息している。天然記念物ヤンバルクイナの生息地としても知られる貴重な森だ。森林内には葉脈のように林道が広がっていて、オキナワマルバネを採集するときは、夜、その林道をひたすら徐行し、文字通り目を皿のようにしてヘッドライトに浮かび上がる黒光りした物体を探し回る。
オキナワマルバネは、木どりは向いていない。オキナワマルバネ以外のマルバネは発生後、しばらくは発生木にとどまり、死期が迫ると移動し始める。それに対し、オキナワマルバネは成虫になると、すぐに動き出す。したがって、道路に迷い出てきたマルバネを車のライトでとらえる方法がもっとも効率がいいのだ。