クワガタムシに人生のすべてを賭してしまった男、それが「クワバカ」。クワガタを愛しすぎてしまった男たちの、一本道の人生を描いた『クワバカ クワガタを愛し過ぎちゃった男たち』(著者:中村計、光文社新書)より、その一部を抜粋して紹介する。(全2回のうちの2回目。前編を読む)

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 スマトラ島で私を案内してくれたのは、インドネシア在住の吉川将彦(まさひこ)だ。神奈川県横浜市に生まれた吉川が昆虫に目覚めたのは小学一年生のときだった。当時、毎週観ていた地球上の生物を扱う番組で、アフリカに生息している、ある昆虫を特集していた。

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 ゴライアスオオツノハナムグリ──。

 それが吉川の「初恋」の相手だった。中央アフリカに生息するコガネムシ科の昆虫で、胸部の白いストライプが特徴だ。大きなものだと体長は10センチ超、体重も100グラムを超える。100グラムといえば、コンビニサイズの肉マンくらいの重さだ。世界最大級のハナムグリで、世界最重量級の昆虫としても知られる。

 先ほど、甲虫においては、南米ではカブトムシが、アジアではクワガタがそれぞれ栄えたと書いたが、アフリカ大陸でもっとも繁栄したのがこのゴライアスオオツノハナムグリを始めとする大型ハナムグリだった。吉川が語る。

「わかりやすく言えば、でっかいカナブンです。普通のものは茶色なんですけど、全体的に白くなる個体もあって。白くなればなるほど、価値が上がっていく。すごい衝撃を受けて、それをきっかけにどんどん虫が好きになっていったんです」

会社に辞表を提出し、インドネシアへ向かった吉川将彦氏 (c)光文社

 お小遣いをためては昆虫図鑑を買い、それを手本に虫の絵を描くようになった。小学2年生のとき、自然豊かな千葉県佐倉市に引っ越してからは、昆虫採集に勤しむようになる。

 ノコギリクワガタ、コクワガタ、オオクワガタ、カブトムシ、シロスジカミキリなど、図鑑でしか見たことのない昆虫が掌の中にいる。その感激が興味を加速させ、いずれアフリカでゴライアスオオツノハナムグリを採集することを夢見るようになる。

 吉川には薬品会社に勤める父と、専業主婦の母と、一人の姉がいた。教育熱心な家庭で、吉川は高校入学の際、すでに将来設計を固めていた。

「会計士になろうと思っていたんです。親に、会計士は高給だし、安定してるよ、みたいなことを言われて。なので、高校、大学は商業系の学校を選びました」

 大学生になると資格試験の勉強に追われるようになり、その頃には、あんなに大好きだった昆虫のことなどすっかり忘れてしまっていた。