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クワガタを追ってインドネシアへ 職も恋人も捨てた男の“初恋の個体”とは

『クワバカ クワガタを愛し過ぎちゃった男たち』より#2

2020/10/05
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大きな家に住んで、美人の奥さんをもらって……

 大学卒業後は成田空港の免税店で3年働き、その後、ようやく千葉市内の会計事務所に働き口を見つけた。

 理想の職に就いた吉川は、将来の自分の未来像をこう描いていた。

「自分探しの本の中に、夢をかなえるためには、自分の部屋に将来の夢を書いた大きな紙を貼っておいた方がいいって書いてあったんです。なので、10年後、20年後、会計士として成功して、大きな家に住んで、高級車に乗って、美人の奥さんをもらうって書いたんです。潜在意識に働きかけるためにも、毎朝、起きたら真っ先にそれを見なきゃいけないらしいです。でも、だんだん見なくなってきて。あれ、自分のやりたいことって、これじゃないのかなって疑い始めて……」

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 会計事務所に勤めるようになって3、4年経った頃だった。

 当時、吉川には結婚を前提に5年近く付き合っている女性がいた。ただし、そもそも付き合った理由がやや均整を欠いていた。

「動物って、何のために生きているかっていったら、やっぱり種を残すためじゃないですか。それは人間も同じだと思ったんです。なので、絶対、結婚しなくちゃダメだと思っていて」

吉川氏(後列右から2人目)と著者・中村計氏(後列左から2人目)

 吉川は無理に無理を重ねた。

「結婚して幸せになるドラマを見まくっていたんですよ。ああ、これが幸せなんだって思い込もうとして。でも、嫌な行動って、ストレスがたまるじゃないですか。私、今は(体重)60キロなんですけど、そのとき80キロぐらいになっちゃって。ある日、『絶対に結婚したくない!』みたいに爆発しちゃったんです」

 それから間もなく、吉川は別れ話を切り出した。

激しい恋が蘇った

 別れがあれば、出会いもある。同じ頃、予期せず「初恋」の人と再会を果たした。今となっては店名も、場所も忘れてしまったそうだが、たまたま入ったデパートで世界の昆虫標本展が開催されていた。そこに幼少期、恋い焦がれたゴライアスオオツノハナムグリがあったのだ。標本で見るのは初めてだった。

 激しく燃え上がった恋の季節が一瞬にして蘇り、衝動買いした。10センチほどの個体で、2万円くらいだったと記憶している。

 焼け木杭に火がつき、それからというもの標本を買い漁るようになる。昆虫採集も再開した。そうして再び、海外での昆虫採集を夢想するようになった。

 ただし、仕事が忙しく、そんな夢も明滅を繰り返したまま、会計事務所に勤めるようになって丸9年が過ぎようとしていた。

 そんなある日、東京都内の取引先を訪ねた帰り道だった。