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運命の糸に導かれてインドネシアへ

「東京へ行ったときは、真っすぐ帰るときもあるし、本屋さんへ立ち寄ることもあった。その日は、妙に本屋へ寄りたいなと思った。それで昆虫関係の雑誌に目を通していると、インドネシアの昆虫採集の広告が出てたんです。インドネシア旅行社っていうところのツアーでした。一週間で30万円くらいだったと思います」

 実は数年前にも一度、そうしたツアーに申し込んだことがあった。ところが、そのときは定員が集まらず、中止になってしまった。今度は単独ツアーゆえ、その心配もない。運命の糸に導かれるように吉岡はツアー参加を決める。

 採集地は首都ジャカルタの南およそ80キロのところにあるスカブミという地域だった。

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「今思えば、たいしたものは採れなかったんです。でも、日本にはいないような昆虫がいっぱい(ライトトラップに)集まって来て。コーカサスオオカブトも10匹くらい飛んできました。いちばん大きいので、10センチぐらいだったかな。当時は日本のカブト、クワガタしか見たことがなかったので、こんなの本当に採れるんだと驚きましたね」

著者撮影のコーカサス (c)光文社

 吉川が小さい頃、よく聞いていた歌の一つにゴダイゴの『ガンダーラ』があった。その歌詞の中に、人生の楽園として「ユートピア」という表現が出てくる。吉川が言う。

「小さい頃、あれを聴いて、憧れたんですよ。ユートピア。誰の心の中にもユートピアってあると思うんです。インドネシアに行って、思ったんですよ。ここが自分のユートピアなんじゃないか、って」

 帰りの飛行機に乗る頃には、もう決心は固まっていた。

「ここがおれの住みかなんだな」

 行動はこれ以上ないほど早かった。休み明けの出勤初日、直属の上司に言った。

「私、会社を辞めることにしました」

 慰留されたが、もう誰も吉川を止めることはできなかった。もちろん家族にも反対された。

「私が会計事務所に勤め始めたとき、父がくも膜下出血で倒れて、大手術をしたんです。それから、ちょっと知能に障害が残ってしまって……。それもあって、母も姉も、なんで一人でインドネシアになんて行っちゃうのよ、というのはあったと思います。ただ、『どうせすぐ帰ってくるだろう』ぐらいに思ってたみたいですね」