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日本学術会議は「軍事目的のための科学研究を行わない」

 防衛省の外局で、自衛隊の兵器や装備の調達や研究を行う防衛装備庁が、2015年度から開始した研究費の提供制度「安全保障技術研究推進制度」を策定。これにより、日本の大学研究者のなかに、防衛装備庁からその研究費を受け取って防衛や軍事に関する研究をする人たちが出てきたわけですけれども、日本学術会議はその発足の精神からして軍事研究とは相容れないものがあります。まず、日本学術会議は1950年に「戦争を目的とする科学の研究は、絶対にこれを行わない」旨の声明を出しており、また、1967年には同じ文言を含む「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を追加しています。

防衛省 ©文藝春秋

 時が下り、そこから50年以上の月日が経って、中国・韓国・北朝鮮を含む東アジアの安全保障の仕組みは様変わりし、毎日のように中国の艦艇が尖閣諸島に出入りし、航空自衛隊が中国機に対応するためスクランブルを繰り返している状況で日本学術会議だけが戦後硬直したかのように「軍事研究には加担しない」と言い続けることが本当に学者としての態度なのかという話はよく出るわけですよ。

 また、これらの防衛施設庁への研究拒否の声明にしても、日本学術会議に関わりのある人たち全員の総意として本当にそう言っているのか疑問に思う部分もあります。事実、この声明を日本学術会議が出した後でなぜかアンケートが行われた結果、2割ぐらいの大学が「安全保障技術研究推進制度」への応募を認めたことがあると回答しています。先にも述べた通り、当たり前のことですが必ずしも日本学術会議は一枚岩ではなく、特に選挙で選ばれたわけでもない日本学術会議の代表者らが「安保法制反対」とか「防衛施設庁の研究支援に応じるべきではない」と声明を出したとしても、87万人科学者の総意というわけではまったくないのです。

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「軍事的安全保障研究に関する声明」についてのアンケート結果報告
http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/gunjianzen/pdf/results.pdf

©iStock.com

 正直、安保法制にせよ軍事研究の是非にせよ、いろんな議論があるのは当然です。例えば、国際的なテロに巻き込まれたときは、日本の自衛隊や諜報組織が現地で情報収集を行えていなかった、日本人の生命や財産を守れなかったということで、駆けつけ警護や邦人救護の仕組み構築は急務だとマスコミは政府を批判する割に、それを可能にする法制・制度を検討したり、情報収集の仕組みを構築しようとすると反対されたりします。