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「これまでも北朝鮮軍の行動によって、韓国の民間人が犠牲になる事件がありました。たとえば、2008年の金剛山事件では、軍事保護施設区域に誤って入った女性を、軍隊に入って間もない北朝鮮の女性兵士が軍の規則を厳格に守った結果、射殺しました。つまり、現場の判断が原因でした。

 ところが今回は、男性が北朝鮮軍に発見されてから射殺まで6時間もありました。この間に海軍の現場から海軍司令部を経て、指導部中枢つまりは金正恩まで報告が当然上がっている。その上での判断としか考えられないのです。金正恩政権で党幹部を務め、現在アメリカに亡命している李正浩(リ・ジョンホ)氏にも事件の見解を尋ねましたが、『今回のような行為を現場で判断できるような国ではない。金正恩の指示なくして絶対に実行できない』と証言しています」

射殺事件を「南北関係を進展させるきっかけ」に?

 北に融和的な文在寅大統領も、さすがに今回ばかりは「衝撃的事件だ。いかなる理由であれ容認できない」と表明。北朝鮮側に責任ある説明と対応を求めたが、すぐに北が意外な手に出た。

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 男性が射殺された3日後の9月25日、金正恩委員長が韓国に宛てた通知文で、「大統領と南の同胞に失望感を与え、非常に申し訳なく思う」と謝罪したのだ。

 この異例の謝罪劇に、文在寅政権は態度を急変させる。「北の最高指導者として直ちに直接謝罪したというのは史上初めての極めて異例なことだ」とした上で、「格別の意味として受け止める」と表明。次のように言い切った。

「事件を悲劇的なものとして終わらせず対話と協力の機会を作り、南北関係を進展させるきっかけにしたい」

 現地の雰囲気を、韓国駐在の日本人特派員が解説する。

「たしかに金正恩が謝罪するという展開は予想外で、極めて異例です。が、自国民が非人道的に殺されたタイミングで、それを“対話のチャンス”と言わんばかりに振る舞った文大統領の対応には、さすがに『いったいどこの国の大統領なんだ』との批判が広がりました。北朝鮮に向かっていた怒りの矛先は、完全に文在寅大統領に向かったのです」

文在寅大統領(左)と金正恩委員長 ©AFLO

事態を把握しながら6時間も放置? 

 さらに、批判が収まらないのは、今回の事件に対して文在寅政権の対応に不可解な点があるためだ。

 ひとつは、韓国軍が、北朝鮮側に男性が発見されてから殺害されるまでの6時間、事態を把握していたにもかかわらず放置した点だ。

「現在の韓国軍は、北朝鮮軍の現場と司令部の無線のやり取りをきちんと傍受できています。今回も北朝鮮海軍の艦長が、司令部から『射殺しろ』と指示され、『本当ですか』と聞き返したやり取りまで傍受しているのです。北の兵士も『射殺するまでのことではない』と考えていたのでしょう。

 ここまで傍受できているのですから、途中経過を含めて、文在寅大統領に情報が上がらないわけがない。対面の報告でなくても、電話などで文在寅大統領は報告を受けたはずです。国防部は『韓国の傍受能力が北にわかってしまうので、動けなかった』と発表していますが、国民にしてみれば救出のチャンスがあったにもかかわらず、“北に気を遣って、見殺しにした”と見えるのも無理からぬことです」(朴氏)