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2020/10/09

総長選考を行う密室の会議で篩い落とされる宮園さん

 この宮園さん、6年前の総長選の投票でも現・東京大学総長で1位だった五神真さんに次ぐ2位の得票数で、順当にいけば東京大学学内からの篤い信頼を得てそのまま東京大学総長に就任するのかというところで、この総長選考を行う密室の会議で篩(ふる)い落とされることになります。

 不思議なことに、怪文書ではこの不正な研究捏造で東京大学を懲戒解雇になった加藤さんとの繋がりを示唆するのですが、宮園さんは最終報告書にもある通り不正研究に加担したわけでもなければ加藤さんに協力してきたわけでもありません。

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分子細胞生物学研究所・旧加藤研究室における論文不正に関する調査報告(最終)
https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400007786.pdf

 東京大学関係者は、必ずしも事件を起こした加藤さんとの関係を結び付ける宮園さんへの怪文書だけが問題であったわけではないと証言しています。

 学外委員によって推薦された永井良三さんは、元東京大学医学部附属病院(以下、大学病院)の元院長であり、病院の運営において改革を行い、非常に功績のあった人物であることは知られています。この永井さんによる改革で、看護師や技師、歯科衛生士などコメディカル(医師や歯科医師の下で働く医療関係者)からは非常に高い評価を得る一方、大学病院で働く教授らからすれば特権を剥奪されたようなもので、教授らの反発もあって永井さんは功績者であるにもかかわらず大学病院院長の座を追われることになります。しかし、この病院改革の能力を買われて、小宮山宏さんら学外委員からの組織経営の手腕を買われ、大学総長に推薦された、という経緯があります。

 一方、得票が首位であった宮園さんは、永井さんの後を受けて東京大学医学部部長として、やや失権した教授陣の権益を揺り戻し、それに対する声望を得て、東京大学学内の支持を取り付け得票数を伸ばして、ついに1回目の意向投票でトップに立った、と見る向きが強くあります。見ようによっては大学内の信望が高いので得票が1位だった、と見る人たちもいれば、ある種の金権政治・ばら撒きで学内の支持者を固めて東京大学総長の座を狙ったと感じる人たちもいるのです。

 出どころ不明の怪文書など、世間でちょっと目立つ活動をして恨まれたり妬まれたりすれば、誰しもが経験する飛び道具にすぎません。怪文書ごときで右往左往するようでは権力者は務まらないのです。しかし、ここで東京大学元総長にして東京大学経営協議員(外部委員)である小宮山宏さんが「この人物は、研究不正に関わってきたという文書が流れているため、総長最終選考の投票候補者には相応しくない」と断じてしまったら、これはもはや怪文書ではない、宮園さんを東京大学総長にしたくない勢力による策略であるという話になります。もうね、権力闘争です。グダグダ一直線です。透明性とかいうレベルじゃないです。

なんにせよ、キーワードは透明性

 日本学術会議にせよ、東京大学総長選にせよ、やはりキーワードになるのは透明性だと思うんですよ。その組織の仕組みや、トップの選び方がきちんと一定の理念に向かって適切に、他人に説明できるように実施されているのか。

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 前述の通り、いまの国立大学の改革においてはどこにも「学内で選挙をして総長を決めろ」とは規定しておらず、むしろ「選挙をするな」という方向になっていて、これは読者の皆さまの大半がお勤めの企業人事と同じです。その会社の代表取締役など役員や執行役員人事が、ステークホルダーである株主とは別に社員全員の総意で投票によって決められる、なんて会社は存在しないのと同様、学外の経営委員と学内委員とで合議をし、大学の経営に資する人物を総長にする、ということが求められているのです。

 実際、会議で小宮山さんが激昂するような録音が流出して騒ぎになったものの、一方で、決定においては少数意⾒を抑圧して議⻑の独断で決めたという形跡は⽰されていません。学外委員と対等な⽴場にある学内委員も全員賛成した形になっています。流出した録音テープでも、確かに小宮山宏さんが宮園さんを最終選考から外し、永井さんを候補に入れるにあたって、学内委員との間で議論をしたのは間違いないのですが、4時間にも及ぶ選考会議も最終的には参画した16名のすべての委員が(本音はともかく)規定通りの総長選任を行う方針に賛成しているのです。