自動車窃盗がメインのシノギ
金塊強奪事件で2019年1月に懲役9年の一審判決を受けて控訴し、棄却され、その後も上告をしたものの取り下げて、同年12月に懲役9年の実刑判決が確定した野口は、控訴棄却後に上梓した著書『半グレと金塊 博多7億円金塊強奪事件「主犯」の告白』(宝島社刊)で、自らの半生を綴るとともに、宮迫との関係と写真が撮られた夜について次のように言及している。
「写真が撮影されてから約3年後の2019年6月、吉本興業所属の芸能人が、事務所を通さない仕事、いわゆる『闇営業』に走っていたことが報道され、その相手に振り込め詐欺グループなどの反社会的勢力が含まれていたことから、騒ぎが大きくなった。
宮迫さんは、まずこの闇営業問題で名前が挙がり、金銭の授受を当初否定した。しかし後になってそれが嘘だったことが分かり、本人も認めたために、吉本興業から謹慎処分を受け、さらに契約を解消された。私との写真が『FRIDAY』に掲載されたのは、その直後のことである。(中略)
あの日、私たちと宮迫さんが酒席をともにしたのは事実だ。私たちのグループの席に宮迫さんが来て、せっかくだからと高級シャンパンで乾杯をした。ただ、それだけだ」
そして、宮迫と酒席をともにしたことは認めながらも、肝心の金銭の授受については「私から何かを話すということは控えたい。芸能人との交流について明かすということは私の流儀に反するし、それを証言するということに対する意味も見いだせない」と明言を避けている。
野口和樹は岡山県の出身で、幼少のころに両親が離婚し、母親らとともに名古屋に引っ越した。中学生のころから「本格的にグレはじめ」たと著書のなかで明かしている。年子の三兄弟だった野口は、中学生時代から兄弟そろって名古屋のワルとして暴れまわり、中学卒業後には名古屋の暴走族「ジャパン魔悪怒(マッド)スペシャル」に加入したという。
無免許で単車を乗り回す生活をつづけながら、17歳の時に強盗致傷罪で少年院に入院。退院して右翼団体に一時籍を置いていたこともあるというが、退院一年後には大麻取締法違反容疑で逮捕され、今度は特別少年院に入院するなど、少年時代から矯正施設を出たり入ったりの生活を繰り返していたようだ。
愛知県警担当記者が野口について補足する。
「愛知には主に風俗を生業とするT兄弟や窃盗集団のI三兄弟ら有名な半グレがいるのですが、野口三兄弟もその一角として捜査関係者の間では知られた存在でした。少年院を出てからの野口は、三兄弟の長兄・直樹(金塊強奪事件で逮捕)と自動車窃盗や投資詐欺を繰り返していました。利害が一致すると暴力団と組んで仕事もしていたようですが、一つの組に属していたことはありません」